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    ジャズマンがインディロックを弾く理由 | ダリル・ジョンズ(マック・デマルコ band)来日インタビュー【前篇】

    • 取材:辻本秀太郎
    • 通訳:川原真理子
    • 撮影:Yuki Kikuchi

    セッション・ベーシストのキャリアの軌跡や使用機材に迫る「BMG (Behind the Masterful Groove)連載〜プロフェッショナルの裏側」。今回は、インディ・ロック界のスーパースター、マック・デマルコのバンドで2月に来日し、自身も昨年ソロ・アーティストとしてデビューを果たしたダリル・ジョンズ。イマニュエル・ウィルキンス(sax)、ドミ&JD・ベック、ザ・レモン・ツイッグスとの共演など、ジャズとインディ・シーンを行き来する異色の経歴を持つ彼に、その歩みを聞いた。

    当時はマック・デマルコを好きなジャズ人間は間違いなく僕だけだと思っていた。

     両親がミュージシャンなんだ。父親はジャズ・ドラマー、母親はジャズのサックス・プレイヤーだから、自然と音楽に興味を持った。ベースを始めたのは7歳のとき。学校に勤めていた母親が、処分されるアップライト・ベースを家に持ってきたことがきっかけだよ。子供用だから少し小さめだったけど、1928年製だったかな、Vavraというチェコスロバキア製の良いベースだったよ。普通のアップライト・ベースより少し小さいんだ。

     父親の話だと、本当は僕はギターを弾きたがっていたらしいけど、父親がベースを弾かせたかったんだって。僕自身は覚えていないけど、“自分はベースを弾いているギタリストじゃないか”と思うことはあるね。

    ダリル・ジョンズ
    ダリル・ジョンズ

     厳密に言うとドラムだね。父親がドラマーだったから、家でドラムをドコドコ叩いていた。ドラムを叩くのがお気に入りだし、大好きだよ。正直、ドラムを叩いていればよかったと思うよ。ヘンに聞こえるかもしれないけど、ベースという楽器は大好きだけど、弾くのは大嫌いなんだ。

     ギターを弾くのが大好きだから、ベースを弾くときもギタリストみたいな音を出そうとする。でも、そこから興味をそそるものが生まれるんじゃないかな。ジャコ・パストリアスも、ベーシストではなくホーン・プレイヤーのような音を出したかったのと同じだね。だから僕は自分の音楽を作り始めたんだ。そうすれば、ベースっぽくないことができると思ったから。ベース・マガジンのインタビューだってことはわかっているけどね。

     若い頃から弾いているから、ベースとは愛憎関係にあるんだ。ちなみにドラムは今でも叩いていて、自分のアルバム(『Daryl Johns』/2024年)では全曲叩いているし、マック・デマルコのツアーで叩いたこともある。ペドロ・マルチンス(g)の「Polos」という曲でも叩いているよ。

    ▲マック・デマルコのバンドメンバーとして今回ともに来日した、ペドロ・マルチンスのソロ作「Polos」。ダリルがベースとドラムをプレイしている。

    ▲2024年にリリースされたダリルの1stアルバム『Daryl Johns』。マック・デマルコの主宰レーベルからリリースされた。

     ジャズやクラシックだね。父親と一緒にドラムとベースでジャムっていたし、学校のオーケストラでも弾いていた。でも基本的にはジャズだったよ。

     父親の友達のベーシストたちが家に来て教えてくれたんだ。毎日5時間練習したというより、常にまわりに音楽がある環境だった。父親はしょっちゅうレコードをかけていたしね。あとは、自分よりうまいキッズを観ていたことも大きかった。常にレベルがすごく高くて、吸収し放題だったんだ。ベースの先生からちゃんと教わったことはなくて、うちに来て父親とジャムるベーシストたちを観て学んだ。子供が両親と話して言葉を覚えるのと同じ感覚だよ。年上のキッズからも教わったね。

    ダリル・ジョンズ

     9歳頃だったかな。最初はスクワイヤーのブロンコ・ベースだった。そのあとスクワイヤーのジャコ・パストリアスっぽいフレットレス・ベースを手に入れたんだ。そのベースは今でもこのバンドで使っているけど、今メインで弾いているのはマック・デマルコを通じてフェンダーが送ってくれたものだよ。全般的にはフレットレスだね。アップライトだろうがエレキ・ベースだろうが、僕はフレットレスが大好きなんだ。それが僕流だからね。

    ▲ダリルがベースをプレイするマック・デマルコのライヴ映像(2025年)。

     ジャコ・パストリアス。あとは、トニー・レヴィンが参加しているピーター・ガブリエルのアルバム『So』(1986年)が好きなんだ。素晴らしいフレットレスが満載だよ。1980年の『Melt』にも彼が参加していたと思う。80年代のヒット曲には、ジャコ・パストリアスのプレイに似たものがよくあるんだ。ポップのヒット曲を飛ばした人たちがジャコ・パストリアスのコピーをしていたんだよ。バグルスの「Video Killed The Radio Star」の冒頭のリードにもフレットレス・ベースが入っているしね。最近は必ずしもトレンドではないけど、僕は80年代のサウンドにハマっているんだ。

     2014年にマック・デマルコを知るまではまったく注目していなかった。18歳でカレッジに進学したとき、ルームメイトが彼のビデオを見せてくれて“こいつはクールだ。これがやりたい!”と思ったんだ。彼はお金をもらってステージでおバカことをやっていた。マックを通じてアリエル・ピンクやテーム・インパラを知った。ビーチ・フォッシルズやダイヴも好きだったね。

     そのレーベルには超ハマっていたんだ。それから、フランキー・コスモスやポーチズも好きだった。インディ・ロックを聴く前は、ザ・ストロークスも気にしていなかったし、ギターヒーローはどうでもよかった。マック・デマルコの前は、エンパイア・オブ・ザ・サンの『Walking On A Dream』(2008年)が大好きで、ザ・スミスやザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ジョイ・ディヴィジョンが好きだったんだ。そこからフライング・ロータスやJ・ディラみたいなオルタナティブなブラック・ミュージックも聴くようになり、2014年にマック・デマルコを知ってからはインディ・ロックにハマったんだ。

     多くはなかったね。当時はマック・デマルコを好きなジャズ人間は間違いなく僕だけだと思っていた。ジャズの連中にインディものを聴かせると、“お前はベースがそんなにうまいのに、なんでそんな初歩的な音楽をやっているんだ?”って言われたよ。今はジャズ・ミュージシャンでもテープ・マシンでレコーディングする人が増えたけど、10年前は僕と友達ふたりくらいしかいなかったんだ。

     大事なのは、僕は自分のテクニックを反映させつつ、キャッチーな音楽を作りたいってことなんだ。70年代には素晴らしいテクニックを持ったミュージシャンがポップ・ミュージックに貢献していたけど、テクノロジーが進歩したことで90年代にはその腕前がすたれてしまった。そうしてジャズ・ミュージシャンはジャズしかやらなくなり、ほかのミュージシャンのために音楽を作るようになってしまった。 

     でもそれって何の意味がある? テクニカルなこととキャッチーであることは相容れないわけじゃない。だから僕は、ミュージシャンでない人たちにアピールするキャッチーな音楽を作ることはダサくないってことを、ジャズ・キッズに働きかけたいんだ……(後篇に続く)

    Information
    ダリル・ジョンズ(Daryl Johns)
    Instagram

    マック・デマルコ(Mac Demarco)
    HP Instagram

    ◎ベース・マガジン2026年5月号にも掲載!

    ダリル・ジョンズのインタビュー全文は2026年5月号にも掲載されています。フリーが表紙の5月号の詳細は以下から!

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