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千葉広樹が語るキャリアの歩み「いい音、響く音とは何かをずっと追求してきた」【インタビュー前篇】
- Interview : Shutaro Tsujimoto (Bass Magazine Web)
- Photo : Chika Suzuki
セッション・ベーシストのキャリアの軌跡や使用機材に迫る「BMG (Behind the Masterful Groove)連載〜プロフェッショナルの裏側」。
今回登場するのは、クラシック/現代音楽を出発点に、ジャズ、インプロ、ポップスの現場を横断してきた千葉広樹。コントラバスとエフェクターを組み合わせた独自の音響的アプローチ、エレキ・ベースへの再接近、そして音色を巡る哲学を、これまでのキャリアの歩みや現在の使用機材とともに語ってもらった。

バッハや現代音楽ばかり聴いていた10代でした
⸺まずは音楽の目覚めについてですが、幼少期からクラシックに親しんでいたそうですね。
もともと僕は6歳からバイオリンを始めて、クラシック音楽にすごく傾倒していました。J-POPはほぼ聴いていなくて、バッハや現代音楽ばかり聴いているようなヘンな10代でしたね。小学6年生のときにシェーンベルクの「浄夜」を聴いて開眼してしまって、“なんだこれは、暗くもなく明るくもないこのハーモニーは何なんだ”と。そこから不協和音中毒というか、ポップ・ミュージックよりもそうした複雑な響きに強く惹かれていました。
⸺相当な量を聴き込んでいたのだとか。
NHK FMのクラシック番組をエアチェックして、実家にはそのカセットテープが1000本ぐらいあるほどどっぷりハマっていました。CDを気軽に買える環境ではなかったので、聴いたことのないものを聴きたいという貪欲な、欲の塊でしたね。
⸺そこから、どのようにポップスやロックへと関心が広がっていったのでしょうか?
高校に入ってから、友達の影響でレディオヘッドやベック、フガジなどのUSオルタナやグランジ、それにWARP周辺のテクノやジャズ、ヒップホップなどを幅広く聴くようになりました。レディオヘッドの『OK Computer』(1997年)が出た頃で、あれは特に衝撃的でしたね。
⸺その後、ご自身でもバンドを始めるようになったんですね。
大学に入ってからは友達とバンドサークルを作り、最初はギターを弾いていました。ビースティ・ボーイズの覆面ハードコア・バンド、クェーサーのコピーをやったりしていましたね。
⸺そこからベースへとつながっていくきっかけは?
ベースを手にしたのは、Riddim Saunterをやっていた後輩(ドラムのTA-1)から“ベーシストが抜けたから弾いてくれないか”と頼まれたのがきっかけです。それで中古のフェンダー・ジャパンのプレベを買って、初めてちゃんとベースを弾くことになりました。
⸺ベースにはすぐに馴染めたのでしょうか?
10代の頃は毎日10時間バイオリンの練習をしていました。バイオリンの音は好きだけど演奏するのは正直あまり好きじゃありません(笑)。でも、ベースを弾いてみたらすごく性に合っているというか、自分の人間性やキャラクターにマッチしていると感じました。僕は速弾きをするタイプでもないし、派手でもなく淡々とプレイするのが好きなので、リード・ギターのような花形の立ち位置であるバイオリンはまったく向いていなかったんですね。ベースは弾いていてすごく楽しかったし、今でも楽しいです。
“いい音、響く音とは何か”
をずっと追求していました
⸺その後、バンドを辞めて、ジャズ・ベースの道へ進まれたそうですね。
バンドをやりながらも大学でジャズの理論は学んでいたのですが、バンドではなかなか思い通りに演奏できなくて、“このままじゃ何もできない人になっちゃうな”と思ったんです。それで大学4年生の時にバンドを辞めて、一度ゼロからジャズをやろうと決心しました。2004年頃にジャズ・ベーシストの菊地雅晃さんに弟子入りしました。同時期にピアニストの坪口昌恭さんのローディもやったり。当時は毎日、昼間はバイトして、夜は大学へ行って練習するという生活を5~6年続けていました。
⸺当時は、実践の場にも出ていたんですか?
小さなジャズ・クラブで演奏したり、セッションに参加したりしていましたが、全然上達しなかったんです。なぜそんなに時間がかかったかというと、当時の僕は小手先のテクニックよりも音色を追求したかったんですよね。“いい音を出すにはどうしたらいいんだろう”ということにすごくこだわって、毎日弾いていました。当時は実用的じゃなかったかもしれないけれど、後々の自分の演奏スタイルや、“ベースはこうあるべきだ”という概念につながったので、結果的にはすごく良かったと思っています。
⸺その“音色の追求”には、クラシックに傾倒していたことが影響しているのですか?
それは多分にあるかもしれないですね。アコースティック楽器とはどういうものか、楽器と空間の響きを生かした音楽というのは、やっぱりクラシック音楽が一番強いと思うんです。アンプリファイドされた音楽だとそこを見落としがちですが、例えば1音を弾くにも“0か100か”ではなく、いろんな複雑なレイヤーや動作を経ての1音なんですよね。いい音、響く音とは何かをずっと追求していました。もちろんバンドサウンドでも同じことが言えると思ってます。
⸺20代後半の頃は、インプロ(即興)やノイズ音楽も並行してやっていたそうですね。エレキ・ベースを弾かない時期もあったとか?
そうなんです。Riddim Saunterを辞めてから31歳ぐらいまでの約9年間、エレキ・ベースはほぼ弾いていませんでした。大学4年生のときにコントラバスを買って、ずっとそれに集中しようと思っていたんです。その頃から、エレクトロニクスとベースを使ったインプロや、ベース・ソロのライヴもやっていましたね。
⸺コントラバスにエフェクターを多用するスタイルは、当時かなり珍しかったのではないですか?
エフェクターは20年ぐらい前から使っていますね。当時は、菊地雅晃さん以外に同じスタイルでやっている人はほぼいなくて、すごく色物扱いでした(笑)。2008年頃には、敬愛するトラックメイカーのSaidrumさんと一緒に最初のソロ作品をリリースしました。
⸺ベーシストとしてのキャリアが軌道に乗り始めたのは、どのタイミングだったのでしょうか?
実は30歳手前ぐらいで、フリージャズやフリーインプロなどをやっていたせいで、なぜか仕事がすごくなくなって、一度どん底まで行った時期があったんです。でもその頃、アメリカで活動していた同年代のミュージシャンたちが一斉に帰国して、彼らがフリーインプロヴィゼーションを多用していたんですね。そんな彼らに呼ばれるようになったのが、ひとつの転機でしたね。
⸺そこから仕事の幅も広がっていったんですね。
20代後半から〈HEADZ〉所属のアーティストのサポート(Asuna、□□□など)、サンガツや蓮沼執太フィルに加入しましたが、2012年、31歳のときにやっと音楽で食べられるようになりました。□□□の三浦康嗣くんが舞台音楽のメンバーに呼んでくれたり、仲のいいドラマーの山本達久くんのつながりからジム・オルークさんや石橋英子さんを紹介してもらったりして。そのあたりから徐々に仕事が広がっていきました。メジャーレーベルのお仕事も少しずつ来るようになって、矢野顕子さんのツアーやLOVE PSYCHEDELICO、阿部芙蓉美さん、UAさんなどの現場で弾くようになりましたね。
⸺現在はエレベもメインで弾かれていますが、再び向き合うようになったきっかけは何だったのでしょうか?
30代前半くらいでまたエレベを弾くようになったんですが、最初はどう弾いて良いかわからなかったんです。コントラバスとエレキって、同じチューニングかもしれないけど、構造も体の使い方もまったく違う楽器ですから。30代後半くらいから、どうやったらウッド・ベースのメソッドをエレキ・ベースに応用できるのかをずっと考えてました。100%トレースできるわけではないけれど、音の概念としては……(インタビュー後篇につづく)
インタビューの後篇はこちら!
(サブスク会員限定)
「エフェクターもやっぱり“楽器”なんです。
イメージした音をすぐに出せるかどうか。」
Pickup Disc
千葉広樹の参加作を本人のコメントともにチェック!
満島ひかり×cero「dröm」(2026年)
ceroの荒内佑(k)ソロ作品を共同プロデュースして以来の親交から参加。“全篇フレットレスで弾いてくださいと言われて、持っていなかったので借りてきてもらって自宅で録りました。フレットレス・ベースに慣れるまでがちょっと大変でしたけど、楽しかったですね”。
blah bruh『BLUE EVENING』(2026年)
YOUR SONG IS GOODの吉澤成友(g)、光永渉(d)と結成したバンドのデビュー作。全篇でエレキ・ベースを演奏し、録音・ミックス・マスタリングも千葉が担当した。“家で小さい音で録音した、ユルくて心地よいインスト音楽です。今のエレキが楽しいモードが出ています”。
Hinode Tapes & 千葉広樹『Ita』(2025年)
現地でも話題を呼んだ、ポーランドの電子ジャズ・トリオとのコラボ作。千葉は遠隔レコーディングで参加。“オーソドックスなジャズの要素を残しつつ、インプロの最先端にあるものを大切にしている。彼らの演奏感覚が本当に素晴らしく、すごく好きなアルバムですね”。
千葉広樹 Profile
ちば・ひろき●1981年生まれ、岩手県出身。ベーシスト/作曲家。コントラバスと電子音によるサウンドスケープを奏でる音楽家。Riddim Saunterなどのバンド活動を経て2004年よりジャズ・ベーシストとして活動を始める。2008年に初のソロ作品『Hiroki Chiba+Saidrum』を発表し、これまでにベースと電子音によるソロ・アルバムを4枚リリースしている。2016年にはKinetic名義によるビート・アルバム『db』をリリース。2019 年には”ミナ・ペルホネン”のファッションショーの音楽を手がけたほか、美術家の小金沢健人や雨宮庸介とのコラボレーションも行なった。優河 with 魔法バンド、蓮沼執太フィル、サンガツ、スガダイロートリオ、王睘 土竟、Isolation Music Trioなどで活動するほか、これまでに矢野顕子、LOVE PSYCHEDELICO、サム・ウィルクス、大友良英、mouse on the keys、haruka nakamura、阿部芙蓉美、ジム・オルーク、石橋英子、口ロロなど、さまざまなアーティストと共演。また、cero、Beatniks (鈴木慶一、高橋幸宏)、YUKI、吉澤嘉代子、畠山美由紀、王舟、小野リサ、寺尾紗穂、関取花、前野健太、VIDEOTAPE MUSIC、Kie Katagi(Jizue)、三浦透子、坂本美雨、坂本真綾、arauchi yu(cero)、UA、岡田拓郎、吉田省念、渡邊琢磨など、多数のレコーディングに参加している。
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※本記事は、ベース・マガジン2026年8月号にも掲載!
8月号の詳細はこちらからチェックいただけます。
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