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【映画『敵』】千葉広樹 × 吉田大八監督が語る「映画と低音の関係」<インタビュー後篇>
- Interview:Shutaro Tsujimoto (Bass Magazine Web)
- Photo:Takashi Yashima
本記事では映画『敵』の対談インタビュー後篇をお送りする。
インタビューの前篇はこちらから。
メロディ・ラインとベース・ラインは、
実はものすごく関係性が深いんです。
━━千葉広樹
──『敵』では音楽が流れるシーンが“ここぞ”という箇所に絞られていましたが、それにはどういった意図がありましたか?
吉田:やっぱり、主人公がひとりで住んでいる家の話なので。セリフのない場面も多く、そこを音楽で埋めていくっていう発想はなかったです。鳴るときは鳴るし、抑えるときは抑えて余計な音は鳴らさない。それによって、逆に音が鳴ったときの効果も強まるだろう、ということは意識していましたね。
千葉:その加減が絶妙でしたよね。
──全体的に音が抑えられているぶん、終盤の“敵襲”シーンの音楽は特にインパクトがありましたが、この部分の作曲はどのように進めていきましたか?
千葉:あの曲は完全なる対位法じゃないんですけど、シンセサイザーでクラシカルな表現ができないかっていうところから発想していきました。いわゆる『Switched-On Bach』(1968年)みたいな感じではなくても、もっと現代風な手法で表現できないかという取り組みのひとつですね。モジュラー・シンセで土台を作って、そこにコントラバス、チェロ2本、ビオラと、かなり重心低めのストリングスを入れて、馴染ませています。電子音と弦楽器の境目をわからないようにするイメージです。
吉田:先にシンセがあったんですね。
千葉:まずモジュラー・シンセで三和音、四和音のものを作ります。それをアナライズしたものを譜面化し、そのうえに弦楽四重奏を重ねて、最後にチェロのメロディを乗せるという順番でした。

──モジュラー・シンセの部分は即興的な作り方でしょうか?
千葉:そうですね。基本的に僕はいつも音楽を作るとき、半分インプロヴィゼーション(即興)、半分コンポジション(作曲)みたいな割合で作ることが多いです。それこそ、すべてをコンポジションにすると作為的になってしまうので、インプロによって“余白”を持たせるようにしています。弦楽にしても、歌モノにしても、バンド・アレンジにしても、そのスタイルは変わらないかもしれないですね。
吉田:譜面を書いて作曲するより、やっぱりインプロのほうが好きなんですか?
千葉:“よし作ろう”ってパソコンに向かっても、僕はあまり作れなくて。即興で遊びながら作ったものに肉付けをしていくほうが楽しいんですよね。もちろん、いきなり譜面で書くこともあるのでケースバイケースですけど。なんて言うんだろう……インプロの要素が入っている音楽のほうが、自分自身でもずっと聴き続けられるんですよ。僕、自分が携わった音楽ってほとんど聴かないんです。だけど、たまに聴きたくなるやつがあって、それはそういう“余白”があるものなんですよね。毎回違う聴こえ方がするというか。
吉田:即興の要素があることで、表に出てこようとする作為がうまく“余白”という形でとどめられるのかもしれないですね。
千葉:すべて作為で作っちゃうと、聴き返したいとは思えなくなるんですよね。もう自分ではわかっているから。
吉田:こういう話はゾクゾクしますね。実際に曲がどう作られていったのか、僕もなかなか聞くタイミングがなかったので。そうやって作られていたんだ。
千葉:そうだったんですよ。
吉田:それと、最後に主人公が決心する場面の音楽(「私の心意気」)。あそこは何回観ても鳥肌が立ちます。激しく続いていた効果音の陰から、音楽がフッと浮上するんですけど、それが本当に絶妙で。もちろん、そこには浅梨なおこさん(サウンド・デザイン)による繊細な作業もあって。ダビング・スタジオでは、ミキサー卓の前に浅梨さんがいて、僕のうしろに千葉さんがいて、“このふたりが気分良さそうにしていればオッケーだろう”っていう、僕はそういう気楽な立ち位置でいましたけどね(笑)。あの場面は音楽と映像と効果音がひとつに調和して、何か大きな世界が立ち上がったという手応えがありましたね。
──ストリングスのアレンジではどんなことを意識しましたか? 基本的にはコントラバス、ヴィオラ、チェロで構成されていて、ヴァイオリンは入っていませんよね。
千葉:チェロで中低域のメロディを引き立たせるのも好きなんですけど、同時にやっぱり僕は基本的にアンサンブルにおいて、内声部である真ん中のヴィオラが一番大事だと思っていて。真ん中って一番地味じゃないですか。バンドにおけるベースも同じような役割だと思いますけど。ベースは一番光を浴びない楽器だけど、でも実は和声的な豊さを生み出す低音から中音域の内声部という一番重要なパートを担っていて。真ん中の人がどういう動きしてるかで音楽はものすごく変わると思うんです。
吉田:やっぱりベースなんですね。
千葉:はい。そういう意味で、今回は重心低めのチェロがメインのアンサンブルですけど、それを引きたたせるためにはヴァイオリンはいらないという判断をして、その代わりに電子音がその部分を埋める構造になっていると思います。僕はわりと、こうやって音楽を立体的に考えているんですよ。立体で考えたときに、今回はそういう構図がベストだと思ったんです。

──エンドロールで流れる曲は、ベース・ラインが最初にあって、そこに徐々に音が加わっていく構成になっていますね。
千葉:あのベースも、実はシンセなんです(笑)。エンドロールの楽曲は、チェロ2本とモジュラー・シンセですね。すみません、あまりベースを弾いてなくて……ただ、音楽におけるベースの役割ってあるじゃないですか? 1番上がメロディだとしたらベースは下で対極ですけど、でも実はそこはものすごく大事な関係性があると思っています。 特にエンドロールの曲は、 最後のほうに高音のメロディでフワって入ってくる音がありますけど、あの音ってベース・ラインと同じノートなんですよ。メロディ・ラインとベース・ラインは、実はものすごく関係性が深いんです。
吉田:なるほどね。千葉さんにベースを弾いてもらうシンガーは幸せですよね。
千葉:ヴォーカリストとかも“みんなベースをやればいいのに”っていつも思っています。それでいて、ベースって一番得体の知れない楽器なんです。例えば録音現場に行って、ドラムやギター、ストリングスのみんなには譜面があるのに、ベーシストにだけ譜面がないっていうのはけっこうよくあることなんですよ。
吉田:本当ですか。
千葉:そうなんですよ。“お任せで”ってなるんです。“どう書いたらいいかわかんない”っていう。それぐらい実は複雑なものなんです。1番地味なのに(笑)。
吉田:僕も全然わからないですけど、歌を生かすのってやっぱりベースだな、とは音楽を聴いていていつも思います。
千葉:まさにその通りだと思います。今回の曲にも、そうやって普段ベーシストとしてやっている経験が生かされてるのかもしれないです。
──監督は、映画と低音の関係について、映画を作る際に意識することはありますか?
吉田:映画にも、例えばセリフがありますよね。音の演出でいうと、やっぱり人の耳ってまず意識がいきやすいのは比較的高い音だったりするから、セリフの響き方をより効果的にするためとか、 よりそれが素晴らしく響くように一緒に鳴らしてベストに聴こえるのは、僕もやっぱり中低域の音なんじゃないかと思っています。だから今日千葉さんのお話を聞いて、ますます映像に付ける音楽としての中低域のことを自分も勉強したいなと思いましたね。

千葉:嬉しいですね。
吉田:だって、相性がいいですから。やっぱりバイオリンやギターが思いっきり鳴っていたら、そこではセリフはある程度諦めなきゃいけないですからね。ドラムも、例えばスネアの音はセリフとの共存にはすごく気を遣います。でもベースであれば、どちらかが前に出たり引っ込んだりしながら、より自然にセリフを生かすことができる。だからベーシストはもっと映像の音楽をやるべきだと思いますよ。なんとなくベーシストの人って謙虚だから、作曲だとギタリストやキーボーディストが前に出がちじゃないですか? 僕の立場からは映像のことしか言えないですけど、映像に関してならそう思います。