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【職人探訪】第2回 – 楽器テック:永野治[MOBY DICK]後篇

  • Text:Zine Hagihara

モビーディックを設立、仲間から推されて社長に

 RED WARRIORSの現場を任されていた頃、あるときから彼らが事務所に所属することになる。そこにはHOUND DOG、尾崎豊、THE STREET SLIDERSなどが所属しており、彼らのローディを担当するものも何人かいた。つまり、永野と同時にローディ/テックという職業を確立していった職人たちが同時多発的に現われていたのである。彼らは徒党を組み、株式会社モビーディックを1991年に設立する。人望の厚い永野はみんなから推される形で社長に就任した。

“やっぱり、どこかに所属していないと相手も頼りづらいというか。どこの馬の骨ともわからないやつに重要な仕事をやらせているっていう感じは否めなかったと思うんです。それで、フリーの立場のローディ/テックが集まって、それぞれが自分の担当している現場を持った状態でモビーディックを設立しました。「俺らの形をメイン・ストリームにしてやろうぜ」っていう思いもありましたし、こういう職業があるっていうことを世の中に知らしめたかったんです。この仕事を始めて、気づいたら仲間がほかにもいて、そして会社を設立。これ、5、6年ぐらいの間の出来事だったんですよ”。

“当時の僕はサザンとTHE PRIVATES。ほかの人はTHE BOOM、ZIGGY、氷室京介さん、吉川晃司さん、THE YELLOW MONKEYなどをそれぞれが担当していたりして、けっこうなメンツがすでにいました。でも、別に自分が社長として人を集めたわけじゃないんです。社長を誰にする?と話していたら「じゃあお前がやれよ」と言われて(笑)。本当はナンバー2が良かった。例えば、リーダーに対してあれこれ意見を言うんですけど、責任がのしかかるわけじゃないというか(笑)。でも、みんなに言われて、自分でもやってみるかなぁと思って”。

 それからモビーディックは約30年もの間、音楽業界を支えていくこととなる。今では、ほとんどのステージの裏にはローディやテックの存在があり、アーティストの演奏を支えている。モビーディックのような先駆者たちが開拓した道が、現在にまで続いているのである。

機材や知識を備蓄し、これからも戦い続ける

 ところで、モビーディックには大量の音楽機材が備蓄されており、駆り出された現場での活用や、楽器そのもののレンタル・サービスも行なっている。ただ楽器を提供するだけでなく、取捨選択のなかにもテクニックはあるという。

“例えばアクティヴのベースが必要ならば、「アクティヴらしいパワフルなもの」、「サドウスキーなどのようにアクティヴだけど生っぽいもの」と何パターンかを持っていくんです。アーティストにとって楽曲にアクティヴ・ベースがマストであったとしても、現場で起きうるパターンを想定していくつか用意しますね。アンプもそうで、ひとくちにアンペグ製とは言ってもSVTなどのようなチューブ系なのか、4PROのようなトランジスタ系なのか、ある程度の選択する余地を残すんです。「アンペグとはいえ4PROって思ったよりソリッドなんですね」となった場合にSVTを提案したといった風に対応しますね。ベースの機材はどれもデカいので限界はありますけど(笑)。あとは、ミュージック・ビデオなどの撮影用にある程度荒く扱ってもいいようなベースとかも用意していますよ”。

 モビーディックでは幅広い種類のベースを揃えている。フェンダー製は各年代のプレシジョン/ジャズを用意していたり、ヴィンテージ品も人気のプロダクトはできるだけ年代ごとに揃えるなど抜け目がない。さらに、アンペグ製ADA-4といった珍しいモデルも。また、ライヴにおいてのベース・サウンドの哲学についても語ってくれた。

  • FENDER/JAZZ BASS (1964年製)

“音響エンジニアは音をクリエイティブする仕事ではあるんですが、彼らは音響周波数技師みたいな側面も持っていて。そのなかで、やっぱり一番オーディオ・クオリティが高い素のライン音を欲しがるんです。でも、たまに外音で素のライン音しか鳴っていなくて残念な感じのベースってありません?……あれって「ベースの音」じゃないですよね。だから、僕の場合はライン音はアンプ・ヘッドのスピーカー・アウトからの信号をライン・レベルに落としたものを送るイメージで音を作っていきます。会場の大きいスピーカーが、あたかもベースアンプになったみたいに、ベーシストが理想とする音がドーン!と鳴っていてほしいんです”。

モビーディックで所有するベース用アンプ類の一部。アンプ・ヘッドはアンペグ製のSVT-Ⅱ、1969年製のブルー・ライン、SVT 1987 Special Editionなどを揃え、そのほかテック21製、エデン製、マークベース製など幅広くラインナップ。写真後方は10インチ×8発のアンペグ製SVT-810E(キャビネット)で、10台以上備えている。

“とはいえ、素のライン音にも別の魅力もあって、研究は尽きないですね。DIに送る前に足下でしっかりと音を作り込んでいければ、理想のサウンドのライン音をそのまま外音スピーカーで鳴らせますよね。だから、新しいエフェクターなどがリリースされたらとりあえず買って試して、どんなアプローチで使えるのか、アイディアを溜めておくんです。ライヴでもレコーディングでも同じなんですが、エンジニアには「フェーダーを上げればベースの音が出ます」という状態になるようにしていますね”。

モビーディックで所有するベース用エフェクターたち。レアなヴィンテージ品から定番の現行モデルまで、圧倒的なラインナップを揃える。

 最後に、永野の座右の銘で今回を締めたい。荒れ狂う音楽業界の変遷を支えた永野は、これからも変革を続ける“現場”で戦い続けていくだろう。

“「答えは本当にひとつか?」ですかね。「答えはひとつじゃないよ」でもないんです。ひとつかもしれないし、今選んだそれは、答えの出ない選択肢なのかもしれない”。

PROFILE
ながの・おさむ●2月17日生まれ、東京都江戸川区出身、千葉県習志野市育ち。高校時代にバンドを始め、ヴォーカルを担当する。その後、音楽専門学校の音響科に入学し、同級生に誘われてREBECCAや内田裕也などの現場を手伝う。そして、アマチュア時代のRED WARRIORSと出会い、テックとしての仕事を本格的に始める。その頃に交流のあったローディやテックとともに株式会社モビーディックを立ち上げ、1991年3月の設立以来、音楽シーンのトップ・アーティストを支え続ける。これまでにサザン・オールスターズ、FLOW、Pay money To my Pain、The BONEZ、SiM、THE PRIVATES、ONE OK ROCK、サンボマスター、Oblivion Dustなど、多くのバンドのサウンドを作ってきた。

◎INFORMATION
モビーディック Official HP YouTube
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