SPECIAL
UP
シューゲイザーに在る“低音” – 前篇『マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン』
- Text:Takanori Kuroda
- Photo(p2,p3):Yoshika Horita
続いては、MBVのベース・サウンドとデビーのベース・プレイを紐解いていきたい。
彼らの甘い轟音に秘められた低音の秘密を探ると、意外な真相にたどり着くことができた。
ケヴィン・シールズの脳内を具現化する
デビーのパフォーマンス
MBVの作品は、おそらく『Isn’t Anything』のあとにリリースされたEP『Glider』(1990年)以降、すべての楽器の演奏をバンドの司令塔であるケヴィン・シールズが行なっている。バンドのなかで、ケヴィンを音楽的にサポートしているのはコルム・オコーサク(d)だが、ひょっとしたら『Isn’t Anything』以前の楽曲も、ベース・ラインなども大まかなイメージはケヴィンの頭のなかにあり、それをデビー・グッギが具現化していくというプロセスで作られていたのかもしれない。
2015年にザ・サーストン・ムーア・バンドとして来日した際、筆者のインタビューで彼女は、“ザ・サーストン・ムーア・バンドでは、即興のようなスタイルで演奏することを求められているし、MBVはすべてが緻密に計算されてできていて、それを意識しながら演奏しているの。たくさんのクルーとともに、きっちりとしたパフォーマンスをする”と話していた。音源はもちろん、ライヴ・パフォーマンスにおいても、音響や照明など演出を含めて作り込まれているのがMBVの表現だが、ステージ上で“デビー・グッギ”というベーシストが果たしている役割が非常に重要であることは言うまでもない。
ケヴィン・シールズが示す、MBVの低音
1962年10月24日、イングランド南西部のサマセットにて6人兄弟の末っ子として生まれたデビー。14歳くらいまではチャートに載るようなポップ・ミュージックを聴いていたが、気づけばラモーンズやバズコックス、ザ・スリッツといったパンク・ミュージックに夢中になっていた。ベースを始めたきっかけは学校の課題であり、教師はクラシカルなオーケストラ編成を期待していたが、デビーはクラスメイトとバンドを結成。“最後に残ったパートだった”という理由でベースを選んだ彼女だが、次第にその魅力に夢中になっていく。
尊敬するベーシストとして現在も真っ先に挙げるのは、今は亡きモーターヘッドのレミー・キルミスター。以前、本誌のインタビューでは“彼ら(モーターヘッド)の曲の大半は、レミーのベース・ラインを中心に書かれた気がする”とも供述していた。ほかにも、ティーンエイジャーの頃に女性ベーシストとして憧れていたのはスージー・クアトロで、のちに登場するキム・ゴードン(元ソニック・ユース)やキム・ディール(元ピクシーズ)の名前も挙げている。
冒頭で述べたように、MBVのほとんどの楽曲はケヴィンによって書かれたもので、ベース・フレーズのアウトラインも彼が考えていた可能性は高い。例えばMBVの代表曲であり、ライヴでも必ず最後に演奏する「You Made Me Realise」は、ケヴィンがリハーサル・スタジオで、何気なくベースを触っているときに思いついたという。“ちょっとビートルズっぽいような、ソニック・ユースっぽいような、なんてことのない楽曲で、そのベースのリフを鳴らしながらあっという間にできちゃったのが骨子の部分だ。それを、もう少しおもしろくしようと思ってローランドのサンプラーを引っ張り出してきた。中間部分のノイズっぽくなっているところは、実はエフェクト・ペダルとかを踏んだわけではなくて、このサンプラーで生み出しているんだよね”(2021年 オフィシャル・インタビュー ケヴィン・シールズ)
今年3月に筆者が行なったケヴィン・シールズへのオフィシャル・インタビューで、彼はこのように語っていた。『loveless』の最後に収録されている「soon」も、“メロディが最初に生まれて、次にベースのフレーズが思いついて、それでスタジオに行ったらデビーとコルムがいたから、ふたりにリズム・パートを演奏してもらってベーシックなアウトラインを作った”と話している。この曲はケヴィンが当時傾倒していたヒップホップの影響が色濃く反映されているが、MBVのなかでも最も前衛的なインスト曲「glider」(同名EP収録)も、“特にデ・ラ・ソウルのハッピーな感じ……あの典型的な(といって口ずさむ)、軽く弾んだベース・ラインがあるだろ? ああいうフィーリングやコードの感じが、そもそもの発想としてあったはず”だと振り返っている。
ライヴにおけるデビーの重要性
ほかの曲も、例えばルート音を執拗に避けながらメロディと有機的に絡み合うベースが特徴的な、MBVの隠れた名曲「off your face」(EP『Glider』収録)や、ベース・ラインがメロディと分かち難く結びつき、ほとんどそのふたつで楽曲が成立している「You Never Should」(『Isn’t Anything』収録)など、ベース・ラインが重要な役割を担っている楽曲は、おそらくケヴィンが最初から頭のなかに“完成図”を描いているのだろう。
しかしながら、上述したようにライヴ・パフォーマンスにおけるデビーの役割はとても重要だ。ケヴィンとビリンダ・ブッチャー(vo,g)が淡々とギターを弾き歌ううしろで、ベースのヘッドをブンブンと振り回しながら、まるでハードコア・バンドのベーシストのようなステージ・アクションを繰り広げるデビーと、“叩き終わった瞬間にぶっ倒れるのではないか?”と心配になるほど渾身の力を込めてドラムを叩きまくるコルムの姿は、ステージ上でとてつもなく強烈なコントラストを放っている。なかでも「thorn」(EP『You Made Me Realise』収録)や「Nothing Much To Lose」(『Isn’t Anything』収録)といった疾走感あふれる楽曲のなかで、エイト・ビートを基調としたベース・ラインをドライブ感たっぷりに演奏する姿は、まさに“パンク・ロッカー”。デビー・グッギの面目躍如といった感じだ。
そしてもうひとつ、MBVのステージ上でデビーが担っている重要な役割がある。上述した楽曲「You Made Me Realise」は、中間部のノイズ・パートをライヴでは10分以上も引き伸ばし(メンバーはこれを“ノイズビット”と呼ぶ)、オーディエンスの思考と感情を吹き飛ばす“問答無用の音響体験”としてファンの間では広く知られているが、このノイズビットから再び楽曲へと戻るタイミングで指揮を取っているのは、ほかならぬデビーなのである。“そろそろ終わり”と判断したケヴィンがデビーに目配せし、それを受けてデビーがベースを大きく振りかぶるのが、ノイズビット終了の合図になっているのだ。
デビーが抱く“司令塔”ケヴィンへの思い
“(MBVに対する評価について)私の手柄にするのは簡単だと思うけど、ほとんどすべてはケヴィンがしてきたこと。彼はバンドに対してとてもひたむきで、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインが今のように注目を集めているのは間違いなく彼のおかげだよ。MBVについて誰かが話しているのを聞くたびに「いや、あれは(私たちではなく)ケヴィンのことを言ってるんだ」と自分に言い聞かせている。そして、その一部になれたことを私はとても幸運に感じているんだ”。(『DROWED IN SOUND』より)
2012年に行なわれたDROWED IN SOUNDのインタビューでこのように答えていたデビー。バンドのなかで、ビリンダに次いで2番目に年長の彼女は、ステージを降りると常に明るく誰に対しても分け隔てなく接し、ムードメーカーとしてスタッフやメンバー、メンバーの家族たちから愛されている。マイ・ブラッディ・ヴァレンタインはケヴィン・シールズの脳内イメージを具現化するバンドだが、その一員であるデビーは、ほかのメンバーと同様なくてはならないかけがえのない存在なのだ。
▼ 次ページではデビーが使用する機材群を紹介 ▼