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FEATURED BASSIST-佐藤征史[くるり]

  • Interview:Zine Hagihara
  • Live Photo:Yoshikazu Inoue

低音のマエストロ、炸裂するは音楽への愛

くるりの新作を聴く前にはいつも、“次の実験結果は?”とワクワクしてしまう。それだけ彼らは作品ごとに新たな試みを取り入れてきたし、それなのに楽曲が持つポップさはデビュー当時から一貫しているのがおもしろい。4月28日に発表される『天才の愛』は、サウンド面の進化が顕著だと感じる。バンドが持つ生々しい躍動感はそのままに、昨今の主流なビート・ミュージック由来の低音の効いたサウンドの要素も感じられる、まさにハイブリッドな聴き心地だ。佐藤のベースはロック然としたアプローチで懐かしさを感じさせたかと思えば、深い低音感でアンサンブルをずっしりと支えるサウンドで燻されたようなグルーヴを生み出すなど、低音のマエストロのごとく千差万別のスタイルを披露している。ここからは実験を楽しむ音楽の探究者としての姿勢を感じざるを得ない。ただ、自身は“ただ楽しんだ”のだというその真意を、少しでも明るみにすべく話を聞いた。

INTERVEIW

自分たちにとって新しいジャンルに飛び込んだ

━━昨年の4月に発表されたコンセプト・アルバム『thaw』から約1年の期間を空けて、4月28日に新作アルバム『天才の愛』が発売されます。コロナ禍で活動が制限されていた側面もあったと思うのですが、新作の制作はいかがでしたか?

 去年、最初の緊急事態宣言が出たときは、もちろんツアーも飛びましたし。それで全国の皆さんに音を届けられないのが申し訳ないということで、過去作品のアーカイブから引っ張って、“とりあえず、すぐに出そう”と、構想1日、リリースまで1ヵ月半みたいな感じで出したのが『thaw』です。それとは別に、例えば少しのリズムだけ、ドラムと鍵盤だけっていうような形で3〜4年前に録っていた素材があったので、それを次の作品のために仕上げていこうとコロナ禍でコツコツやっていた感じです。でもあまり進まなくて。ちゃんと動き出したのは6月とかになってからだったかも。少しずつではありますけど進めていった感じでしたね。

━━コロナ禍においても創作意欲は絶やさなかったと

 曲自体は前からできていたものを形にしたという感じですけど、歌詞については、今の状況に慣れていくにしたがって歌いたいことも出てきたんじゃないかなと思います。歌詞を書く人はみなさんそうだと思うんですけど、こんな状況になって何を歌えばいいのか始めのうちは迷うこともあると思うんですよね。

『天才の愛』
ビクター
VICL-65471

━━くるりは作品ごとの実験的要素が特徴ですよね。例えば打ち込みやサンプリングを導入した『TEAM ROCK』(2001年)、新ドラマーの加入でリズム面が変化した『アンテナ』(2004年)、海外でのレコーディングに臨んだ『NIKKI』(2005年)……と挙げていくとキリがないですが、今作についてはどのような変化があったのでしょうか?

 毎回、同じことをやるのが好きじゃないだけやと思うんですよね。でも、根本ではやっていることは変わらないと思っています。ただ、それに何かしらの音楽的エッセンスを足しているっていうことをやっていますね。『TEAM ROCK』で言えばテクノなどのダンス・ミュージックを取り込んで作ったんですよ。「ワンダーフォーゲル」は4つ打ちのダンス・ビートなんですけど、もとのデモではロックっぽいドラムでしたから。『ワルツを踊れ Tanz Walzer』(2007年)というアルバムのときはウィーンにいった衝撃があって。そのなかで生まれた楽曲にオーケストラを組み合わせていったんです。そうやってくるりというバンドになにかしらのエッセンスを加えているんですよね。

「ワンダーフォーゲル」MV

━━なるほど。

 今作で言うと、エッセンスを加えるというよりも、自分たちにとっては新しいジャンルに飛び込んでいったんだと思います。例えば「ナイロン」は仮タイトルが“Latin”だったほどで、ラテンのなかに飛び込んでいる感じ。そうやって飛び込んだのは「琥珀色の街、上海蟹の朝」(2016年)のときが最初だったかもしれません。自分たちがあまりやるイメージのなかった音楽をやってみたらこうなった、みたいな。

「琥珀色の街、上海蟹の朝」MV

━━「琥珀色の街、上海蟹の朝」は、2010年以降のジャズとソウルの新たなクロスオーバーのなかで聴けるようなモダンなブラック・グルーヴの要素を取り入れていて、当時は2015年にディアンジェロの14年ぶりのアルバム『ブラック・メサイヤ』も発売されたりしてそのジャンルはアツかったし、くるりは常に最新の音楽にも耳を傾けていますよね。今作で言えば新進気鋭の若手ドラマーの石若駿さんが参加していて、見事なリズムをともに作り上げています。

 ワカさん(石若駿)は“こうやったら、こう返ってくる”っていうある意味でロックンロールのアドリブ的な相乗効果がおもしろくて。ライヴも毎回変わるのがおもしろいっていう感じですね。“昨日は赤色だったのに、今日は青色だ”みたいな多様性のある演奏をワカさんとするのが楽しくて、そういう感覚を自分が得ることができたドラマーなんです。トリオでやった僕らの日本武道館公演をYouTubeかなんかで観て僕らのことを好きになってくれたみたいで、自分たちに対する理解度がかなり高かったりします。すごく愛してくれている。

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