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ピノ・パラディーノ来日インタビュー | 『That Wasn’t A Dream』を引っ提げた来日の裏側 & 偉大なるセッションマンとしてのキャリアの軌跡
- 取材:辻本秀太郎
- 通訳:トミー・モーリー
- 撮影:小原啓樹
- 質問作成協力:根岸孝旨
- 協力:ブルーノート東京
昨年、自身2作目となるリーダー・アルバム『That Wasn’t A Dream』をリリースしたピノ・パラディーノ。コラボレーターであるブレイク・ミルズ(g)、レコーディングにも参加したサム・ゲンデル(sax)、クリス・デイヴ(d)とのカルテットで3月に来日し、ブルーノート東京で4夜8公演を行なった。会場には、本プロジェクトでピノと出会った若い世代から、ディアンジェロやジョン・メイヤーを通じて彼を知った世代、さらには80年代のポール・ヤング作品でのフレットレス・ベースに衝撃を受けた長年のファンまで、幅広い音楽ファンが集結。公演後にはステージ前に人だかりができ、機材の写真を撮る姿も多く見られたことから、プレイヤーの来場も目立ち、実際に多くのミュージシャンの姿を会場で確認することができた。こうした幅広い支持は、長いキャリアのなかで常に第一線に立ち続けてきた証でもあるだろう。
まさに“ミュージシャンズ・ミュージシャン”と呼ぶにふさわしい存在であるピノに、今回インタビューを行なうことができた。昨年夏には『That Wasn’t A Dream』についてリモートで話を聞いているが、今回は来日公演を踏まえ、あの複雑怪奇なグルーヴ(そうとしか形容しがたい)、そして各楽器の巨人たちが織りなす、圧倒的な個でありながら有機的に絡み合うアンサンブル――そのサウンドの衝撃をそのままに、演奏の裏側へと迫った。また、過去のキャリアについても掘り下げるべく、ピノを敬愛し、本人とも親交の深いプロデューサー/ベーシストの根岸孝旨氏に質問作成の協力を仰いだ。ピノは非常に気さくで、優しく、紳士的でありながらユーモアにも富んだ人物だった。本誌2026年5月号ではインタビューに加え、来日公演を訪れたベーシストたちへのアンケート企画、さらに3月に開催した来日記念イベントからの対談記事も収録。さまざまな世代と視点を通して、ピノの魅力へと迫っている。
ベースとハーモニクスを同時にプレイする方法を見つけたんだ
——まずライヴを観ていて気になった点から聞かせてください。ブレイク・ミルズとのプロジェクトでの楽曲はとても緻密に作られていて、ライヴでも、ドラムとベースのキメ、ギターとベースのユニゾンなど、かなりキッチリ決まっているように見えました。ライヴ用のアレンジでは、どんなことを意識しましたか?
前のツアーでもプレイしていた曲もいくつかあるんだけど、今回はラインナップが違っていてクリス・デイヴがドラムを叩いている(編註:前回はエイブ・ラウンズ)。僕とクリスは一緒にたくさんプレイしてきたから、このカルテットのヴァージョンではその独特のケミストリーを際立たせたいと思ったんだ。それにクリスはレコーディングにも参加しているしね。だから一番大事なのはやっぱり“楽曲”だと思っている。曲自体は、アルバムに共感できるようリスナーが理解できるものにした。でもライヴでプレイすると全然別物で、エネルギーがまったく違うものになる。そしてかなりアレンジされてはいるけど、それぞれが自分を表現できる余地も残してある。みんな本当にユニークで天才的なミュージシャンだからね。僕らとしてはみんながそれを表現できるスペースがあるといいなと思っているんだ。
——会場前のポスターに書かれたサインの下に、ブレイク・ミルズが“Thank you for the extended soundcheck”(長時間のサウンドチェックをありがとう)と書いていましたが、リハーサルはかなりストイックに行なうのでしょうか?
いや、正直に言うと本当の意味での最初のリハーサルは最初のギグなんだ。リハスタやサウンドチェックで練習することはできるけど、やっぱり観客の前でプレイしないといけない。そこでやっと“なるほど、ここはこう上手くいくと思っていたけど、実際はここで別のこともできるな”とわかってくる。だから最初の夜の1stショウが実質的なスタートだったと思う。今回は使っている機材も多くて、楽器を持ち替えたりスイッチングをしたりってことに慣れる必要もあった。僕にとってはそれぞれの楽器が全部違うサウンドを持っているので、そういった一連の切り替えは“振り付け”みたいなもので、このショウの重要な部分なんだ。それに今回は僕もギターをプレイしている。もちろんリハーサルはしたけど、徹底的に作り込むようなことはしていない。むしろオープンな状態を残しておくべきだと思っていたんだ。だから基本的にはパートを確認するリハーサルはしたけど、観客の前でプレイするまでは本当に“パフォーマンス”としてやろうとはしていないんだ。
——4人のキメがしっかり合っているように思う場面も多かったです。こういった部分に関しては?
そういう部分はアレンジしておくし、実際にプレイしてみたりもする。それぞれのセクションをリハーサルして、細かいニュアンスを理解するようにしているんだ。どういう風にフレージングするかがとても重要で、それによってひとつのサウンドのように聴こえるからね。でも曲を最初から最後まで通してリハーサルするのはたぶん会場に入る前に一回やるかどうかくらいかな。そこから実際のライヴ・パフォーマンスが始まるって感じだね。
——「Heat Sink」のベース・リフでは、ベース1本でハーモニクスと実音のフレーズを同時にプレイしていて、驚異的でした。レコーディングでもベース1本でプレイしていたのでしょうか?
いや、レコーディングは僕が作ったループを元にしているんだ。3本のベースがあって、そのうちの1本がハーモニクスでそれがそもそものアイディアだった。それからちょっとした2音によるコードを見つけて、ふたつ目のトラックではそれをプレイした。そしてメロディの合間にリズミカルにベース・ラインを入れていったんだ。だから全部がある意味でつながっている。でもレコーディングでは息子のロッコ(パラディーノ)もベースをプレイしているよ。彼がハーモニクスをプレイして、僕がベース・ラインをプレイした。
——レコーディングは、演奏はみんなで同時に弾いて録音したのでしょうか?
うん、僕とロッコとブレイクで一緒にプレイした。それとシンバルがひとつあっただけだった。だからブレイクがギター・ソロを弾いている裏でも、同時にベースを弾いていたよ。でも今回のライヴで演奏するために、ベースとハーモニクスを同時にプレイする方法を見つけたんだ。G弦をEにチューニングすることで、全部同じポジションで弾けるんだよ。ベースの音を押さえるために、指はストレッチしないといけないけどね。その方法を見つけたときはすごく嬉しかったよ。ライヴでは、サムが実はサックスでその2音のコードをプレイしている。だから全体としては、僕とサムであのパート全体をプレイしてると言えるね。
ただ感覚的にとらえている

——ライヴを通してサウンドに関しては、深い低音が出ているのに、曇らず、心地よく抜けてくる音作りに圧倒されました。アンプはアギュラーのDB751(アンプ・ヘッド)とDB 410(キャビネット)を使っていましたが、アンプの設定で大事にしていることはありますか?
特にないね。どういう設定にしていたかもあまり覚えていないんだ。たぶんミドルを少し下げていたと思う。ベースの音が気に入らないときはミッドの感じがあまり好きじゃないことが多いから、いつもそこを少し下げるんだ。そしてローとハイを少し足すこともあるけど、どこかを極端にブーストすることはない。それから今回メインで使ったベースは日本製フェンダーのジャガー・ベースなんだ。このモデルが作られたときの最初の10本のうちの1本が送られてきたと思うけど、本当にナイスなベースだよ。でもここに来てから気付いたのだけど、移動中にプリアンプが壊れてしまったようでね。だから今回はパッシヴで使っていたんだ(笑)。それが合ったから、アンプ側で少しベースを上げていたかもしれない。でもクリアに聴こえているなら嬉しいよ。
——そのジャガー・ベースにはDチューナーも付いていますが、チューニングについて教えてください。
「Heat Sink」でG弦をEまで下げるのと「Soundwalk」ではドロップDを使うけど、それ以外は全部レギュラー・チューニングだね。
——「Soundwalk」のように拍が複雑な楽曲が多いですが、そういう曲では頭のなかで拍を“1,2,3,4”と数えたりしていますか? どのようにリズムを感じているのか気になります。
「Soundwalk」は実はごく普通の4/4拍子で、複雑に聴こえる理由はリズムのアレンジにあると思う。バス・ドラムのパターンがちょっと変わっていて奇妙な感じがするだけで、拍子自体は全部4/4なんだ。でも曲によっては変わった拍子のものもある。たとえば「Contour」はすごくナチュラルに感じられるけど、5/4拍子なんだ。でも“1、2、3、4、5”って数えたりはしない。ただ感じているだけ。それは「Somnambulista」でも同じだと思う。これはたしか5/2だったかな? だから“1、(2)、(3)、(4)、(5)”みたいな感じで、ただ感覚的にとらえている。でもこれはライヴでプレイするのがけっこう難しい曲でね。時々ベースが3/4みたいになるんだ。全体のリズムは5拍子なんだけど、ベースは3拍子みたいになる。うまく説明するのが難しいんだけどね。(拍子をとりながら説明してくれる/リズム譜参照)

——ステージでプレイしているときのあなたの視線について気になりました。どこを見て、何を聴いていますか? 常に左手の指板を見ているように見えました。
うん、たぶんその通りだと思う。結局は集中するためのやり方なんだ。客席を見てしまうと少し気が散ってしまうことがある。観客を見るとある種のエネルギーを感じることもあるけど、“あの人はあまり気に入ってくれていないのかもしれない”なんて思ってしまうこともある。そうすると“ミスをしたらどうしよう?”と考えてしまったりもする。だから僕にとっては集中することが大切。特にフレットレスをプレイするときは大事で、ちゃんとピッチを合わせてプレイしたいと思っているからね。
——「That Was a Dream」でフレットレスをプレイしているときはボスのペダル・チューナーを見ながらプレイしているように見え、ピッチを非常に大事にされているのだと思いました。
確かにそういうときもあるね。連日プレイしていたなかで音程が聴き取りづらかったことがあった。音を鳴らしながら“ちゃんとピッチが合っているかな?”って思ったんだ。“もしかして違うのかも?”と思って、押弦する指を少し動かした。でも基本的にはチューナーを見たりはしないし、その必要もないんだ。
——右手の位置はピッキング・ポジションがあまり変わらないように見えました。リアでプレイしたりネック側でプレイしたり、位置を変えながらトーン・コントロールする人もいますが、あなたは指の当て方や角度でコントロールしているのでしょうか?
うん、少しはね。でも、いつも快適にプレイできるポジションを探すようにしているよ。もしその空間が低音に寄りやすかったら、ブリッジ近くでプレイすることもある。それと弦のテンションもグルーヴを持ったプレイするにはとても重要だ。テンションが弱過ぎるとダメだからね。だからその“バウンス”がある位置を見つける感じかな。僕はいつも指先が跳ねるようにプレイしたいと思っている。軽く、跳ねる感じでプレイするんだ。
——あなたは手が大きいので、指が弦に触れる部分の面積もコントロールしやすいのではないかと思ったんです。
いや、それはあまりないかな。いつだって指の先っぽでプレイするようにしているんだ。あまり深く考えたことがないけどね(笑)。
——今回フレットレスは、ロブ・アレン製MB-2を使っていました。1stアルバムの「Just Wrong」のレコーディングでも使ったそうですが、このベースの魅力を教えてください。
このベースは毎年良くなっている気がする。手触りもどんどん良くなっている。ロブ・アレンは本当に素晴らしいルシアーだと思う。彼の美学はとても純粋で、複雑なものは一切作らない。すごくシンプルで、このベースにはヴォリューム・ノブしかないんだ。アコースティック・ベースに少し似ているサウンドも魅力で、ちょっとドンって響くアタック感があるんだ。このプロジェクトではブレイクがアコギをプレイすることが多いので、その組み合わせが好きなんだ。フレットレス・ベースというよりも、むしろアコースティック・ベースっぽく聴こえることが多いね。
——今回、あなたはGodinのガット・ギターもプレイしていました。「Somnambulista」ではギターでオクターヴを下げてベースのようなプレイをしていましたが、あれは、ボスのGP-10による特殊なチューニング機能なのでしょうか?
うん、GP-10はそういう用途には本当にグッドなんだ。4~6弦はチューニングを下げ、1~3弦は普通のチューニングのままにしているんだ。
——「What Is Wrong With You?」では5弦のロブ・アレン製フレッテッドを使っていました。途中でコーラス・エフェクトが鳴っているように聴こえましたが、あれもGP-10によるサウンドなのでしょうか?
あれもGP-10だね。コーラスの量をフットスイッチで調整できるのが便利だ。ベース・サウンドがGP-10をとおすことで少しオープンになるのが良くて、実験的にいろいろ試している。ここ数回のギグでは曲の最後にコーラスを入れてみて、どんなサウンドになるかを確かめているんだ。
——「Ekuté」では細かくオクターバーをON/OFFしていましたが、今回オクターバーは長年使っているボスのOC-2ではなく、3Leaf AudioのOctabvre MKIIを使っていました。お気に入りの点はなんでしょう?
気に入っているのは、スイッチが2つあるところだね。一方は通常のオクターバーで、実音とオクターヴ下をミックスできる。もう一方はSubだけ、つまりオクターヴ下の音だけになる。左で実音+オクターヴ下、右でSubのみと使い分けられるんだ。ボスのオクターバーだと、同じことをするには2台必要になるけどね。
——29 Pedalsのファズ・ペダルTOKIもステージ上にセットしてありました。
実際はレベルを下げるために使っているんだ。今回はロブ・アレンのベースがかなりラウドだから、ジャガー・ベースが少し小さく聴こえてしまう。だからベース同士のレベル調整のために使っているんだ。同じブランドのバッファー・ペダルも持っていて、これもグレイトなんだ。ビルダーのジェシー・ホーニグはグレイトで、彼のペダルがサウンドにもたらすものは本当にアメイジングだよ。
ディアンジェロは表現するチャンスを与えてくれたんだ

——ここからは過去のキャリアについて伺います。80年代の名演のひとつに、ピート・タウンゼント「Give Blood」(『White City』収録/1985年)があります。デヴィッド・ギルモアのバックでのベース・ソロが印象的ですが、あれは誰のアイディアで生まれたのでしょうか?
あの曲の経緯だけど、僕がピート・タウンゼントの仕事をしたとき、最初はそのレコードの別の曲でプレイしたんだ。たぶんピートはそれを気に入ってくれて、“ピノ、もっとプレイしないか?”と言ってくれた。それでプロデューサーのクリス・トーマスに、“先週デヴィッド・ギルモアとサイモン・フィリップスとレコーディングした曲をピノにプレイさせろ”と指示したんだ。ベースが必要だったらしい。曲を聴かせてもらったとき、“ぜひ僕にプレイさせてくれ! グレイトな曲だ!”と思ったよ。同時に、オクターバーを使う必要があるともすぐにわかった。クリス・トーマスも、真空管で作ったディストーションが少し加わったナイスなサウンドを作ってくれた。それでその曲に取り組んだら、ベース・ソロみたいなパートになったんだ。当時はまだレコーディングの経験も多くなかったから、この曲を聴いたとき“これはクレイジーなことをプレイするチャンスだ!”と思った。サイモンのドラムはクレイジーで、ドラムトラックもあまりにも良かったので、“これに合わせたら、そういうプレイをできるんじゃないか?”と感じたんだ。
——あなたは80年代はイギリスではすでに売れっ子ベーシストでしたが、90年代に入るとピーター・セテラ、マイケル・マクドナルド、ドン・ヘンリーなどアメリカの大物からのオファーが続いて世界でも有名なベーシストになっていきます。そのきっかけは何だったと思いますか?
たぶんポール・ヤングの何枚かのレコードがきっかけだと思うんだ。ベースが大きな役割を担っていて、ある意味フレットレス・ベースが彼のスタイルを形作っていたんだと思う。アメリカのアーティストたちもそれを聴いて“グッドなサウンドだね、ぜひ自分のサウンドとして使ってみたい!”って思ったんじゃないかな。それで世界的に知られるようになったんだ。
——2000年代に入るとしばらくディアンジェロとザ・フーの活動がメインになりますが、まったく異なるこの二組でプレイできるのはあなた以外考えられません。並行してやることは簡単ではなかったのでは?
実際にはそれほど大変ではなかった。1997年にディアンジェロと始めたとき、その音楽は僕の感覚にすごく合っていた。10代後半から20代前半の頃はファンクやソウルをよく聴いていたからね。ディー(ディアンジェロのこと)に会ったとき、“これは楽しめそうだ”と思ったよ。でもザ・フーはまさか自分がプレイすることになるとは思っていなかった。ジョン・エントウィッスルが亡くなってしまったのはショックでとても悲しかったし、とても奇妙な時期でもあったんだ。2002年にザ・フーのライヴでプレイし始めたんだけど、音楽は全然違っても僕にとっては同じようなところがあった。
——音楽のジャンルやスタイルではないんですね。
スタイルを選んでプレイしたいわけじゃなく、音楽をプレイしたいだけなんだ。だからディアンジェロの曲ではクレイジーにはプレイしない。でもザ・フーではドラマーもピートもクレイジーだから、ベースもクレイジーにプレイする必要があった(笑)。初めてザ・フーのリハーサルに行ったとき、ピート・タウンゼントが“グッドなサウンドだけど、ふたつ言わせてくれ。まずラウドにプレイしろ。そして何よりも、もっとプレイしろ”と言ってきたんだ。僕が“なんだって?”と困惑すると、“やり過ぎるくらいプレイしろ”と返してきた。だから“OK”と答えて、そのとおりにクレイジーにプレイしたんだ。
——昨年ディアンジェロが亡くなってしまい、本当に残念です。彼から受けた影響で、特に大きかったものは何でしょうか?
ディアンジェロはヒップホップの大ファンでね。ジェームス・ブラウン、スティーヴィー・ワンダー、スライ・ストーン、ダニー・ハサウェイ、ビル・ウィザース――そういった偉大なブラック・アーティストたちの系譜を考えてみてほしい。ディアンジェロも、その最高峰のグループに入る存在だと思う。ただ彼の違いは、ヒップホップとともに育ったことなんだ。90年代の僕はヒップホップも少しは聴いていた。ア・トライブ・コールド・クエストは好きだったけど、基本的には昔のソウルをよく聴いていたんだ。ほかのヒップホップにはそこまでのめり込んでいたわけではなかった。でもディーに出会って、彼のプレイやドラム・ビートに対するフレージングを見たとき、自分のなかのクロックが変わったんだ。“こうプレイすればいいんだ。でも、もっとビートに身を任せてもいいんだ”ってね。つまり、もともと自分のなかにあったものではあるんだけど、ディアンジェロはそれを引き出し、表現するチャンスを与えてくれたんだ。
——ディアンジェロからの演奏面でのディレクションで、特に印象に残っているものを教えてください。
最初に一緒にプレイしたときのことだけど、彼から“もっとレイドバックしろ”と言われたんだ。“君のプレイは好きだけど、もう少しうしろに構えてプレイしてみて”とね。そこでビートより少しうしろにずらして弾いて“どうかな?”と聞いたら、“まだ足りない、もっとだよ”って(笑)。それで“本当に? わかった!”と言って、ちょうどいいポジションを見つけたときに、“そう、それだ!”と言われた。あれはすごくクールに感じられて、すぐに気に入ったよ。ビートとベースが別の次元で鳴っているような感覚でね。同じタイミングでプレイするんじゃなくて、それぞれが別の次元で鳴っている感じなんだ。僕の見方では、ベースはドラムとは別のトラックを辿っていて、ときどき重なることもある。ベースがうしろに引っ張り、ドラムが前に押す――そうやって緊張感が生まれるんだ。
——ここ近年のレコーディングでは、どのベースを使うことが多いですか?
どんなアーティストとやるときでも、いつもプレシジョン・ベースとジャズ・ベースは持っていく。ときどきロブ・アレンやホロウ・ボディのベースもね。古いHarmonyのH22を使うこともある。すごくワイドなサウンドが出るんだ。でもほとんどの場合はプレシジョン・ベースを使うかな。
——先日発売されたあなたのミュージックマンのシグネイチャー・モデルについて。制作するにあたり、特に“ここだけは絶対にこだわりたかった”要素は何でしたか?
サウンドには本当にこだわったね。それが一番重要だった。僕の1979年製ミュージックマンは、典型的なミュージックマンのサウンドではなかったんだ。だからピックアップはそれを再現するようにしていて、ミッドレンジが特徴的なんだ。細かいニュアンスの変更もたくさんある。オリジナルのネックのシェイプは左右非対称で、そういう意味では完璧なネックじゃないんだ。両端で形状が少し違うんだよ。オリジナルのべ-スは指板を3回も交換したから完全に同じ楽器は作れないけど、かなり近いものに仕上げられたよ。
——最新アルバムの「Taka」のMVでピック弾きをしていますが、過去にピック弾きでレコーディングした曲はありますか?
実はビデオではピック弾きをしたけど、レコーディングでは親指なんだ(笑)。過去にもピック弾きをした曲はないかな。「Taka」は古いテスコのベースでプレイしているんだ。ギルドのピックアップを取り付けていて、とてもファンキーなベースだよ。
——昨年はディジョンのアルバム『Baby』に参加していました。本当に素晴らしい作品でしたが、本作に参加したきっかけは?
ディジョンが僕にプレイしてほしかったんだ。“ピー(ピノのこと)、君らしくプレイしてくれ。それだけでいいんだ”って言われてね。すごく自由なレコーディングで、かなり楽しかったよ。彼はとてもエネルギッシュで、しかも良いエネルギーを持っている。それにMk.gee(g)もスタジオにいたんだ。エンジニアはアンドリュー・サーロで、めちゃくちゃラウドだった。僕らはディジョンと一緒に同じ部屋でラウドにプレイした。ディジョンとMk.geeは床にいろんな機械を置いて、クレイジーなことをやっていた。すごく楽しかったよ。
Profile
ピノ・パラディーノ ● 1957年、英国ウェールズ出身。14歳でギターを手にし、17歳でベースに転向。70年代後半からセッション活動を開始。80年代に参加したポール・ヤングの作品などでのフレットレス・プレイが注目を浴び、一躍トップ・プレイヤーに。90年代にフレッテッドへと軸足を移し、以降はそれを主体にあらゆるジャンルで膨大な作品に関わり、ディアンジェロ、ジョン・メイヤー、ザ・フー、アデルまで、世代やジャンルを超えて数多くのアーティストを支えてきた。2025年8月、自身名義での2作目となる『That Wasn’t a Dream』をリリース。
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