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トニー・グレイが語る10年ぶりの新作『Infinity Glitch』と深化する多弦ベースの世界【インタビュー後篇】
- Interview:Shutaro Tsujimoto
- Translation:Tommy Morley
◎インタビューの前篇・中編はこちら
僕の音楽の基盤はハーモニーではなく、
すべてメロディやその動きに基づいているんだ。
──今作の音楽的なリファレンスについても聞かせてください。ジャズにとどまらず、エレクトロニックやアンビエント、伝統音楽の影響も入っているように感じますが、制作時にはどんな音楽を聴いていましたか?
僕が初めて夢中になった音楽はエレクトロニックな音楽で、そういった要素を自分の音楽に忍び込ませることで、すべてのピースが揃うと常に思ってきた。というのも、ベースを習っていた若い頃にはそういった好きな音楽のいくつかを捨て、ジャズに没頭するようにしていたんだ。
だから本格的なミュージシャンになるまでの過渡期は、自分がもともと好きだった音楽から離れる時期でもあった。今の僕は成熟して自分自身をもう少しうまく表現出来るようになったと感じているので、ルーツに戻ってそれらをプレイに取り込み、居場所を見つけられないか、初めて音楽に抱いたあの愛を取り戻せないかと感じていた。ジャズの世界はもちろん、旅先で触れた音楽、特にインド音楽は僕の成長の大きな部分となり、南インドの伝統音楽であるカーナティック音楽からはたくさんのことを学んだよ。ジョン・マクラフリンの影響や指導を受けたり、カーシュ・ケイルやナヴィーン・クマールとプレイしたり、美しいインド人ミュージシャンたちと出会ってプレイすることで学びを得てきたんだ。彼らはいつも愛と敬意を持ってプレイしてきた人たちだ。
──フォーク・ミュージックもルーツにあるんですよね?
そのとおり。僕はフォーク・ミュージックも好きで、ジェームス・テイラー、ブルース・ホーンズビーも大好きだ。子供の頃はフォーク・ミュージックに夢中だったから、長年に渡ってこれらすべてが混ざり合って僕にインスピレーションを与えてくれたんだ。
──世界の伝統音楽に関して、いま特に関心を持っている地域などはありますか?
さっきも話に出たけど、僕は南北インドの音楽が大好きだ。それに中国や日本の伝統音楽、故郷のノーサンブリアン・パイプの伝統音楽も本当に大好きなんだ。僕は世界中の伝統音楽を聴いて、それぞれの音楽が持つオーガニックで土着的なメロディや声を自分の音楽に取り入れようとしてきた。僕の音楽の基盤はハーモニーではなく、すべてメロディやその動きに基づいているんだ。
もちろん、Max ZTやナヴィーン・クマールのようなミュージシャンたちともインスピレーションを与え合ってきた。バンジョーだって非常に伝統的な楽器だと思っているよ。
コードを見たときにルート音に縛られることも少なくなったんだ。
──現在住んでらっしゃる地域の、ローカルなジャズ・シーンについても教えてください。また、そのなかで注目しているベーシストがいたら教えてください。
僕が住んでいるのはピッツバーグからそれほど遠くない場所で、ピッツバーグには素晴らしいジャズ・ミュージシャンの伝統が根付いている。ジョージ・ベンソンや、ヒロミ時代から知っているアーマッド・ジャマル。さらにアート・ブレイキーやジェフ・“テイン”・ワッツといった素晴らしいドラマーたちもいる。ピッツバーグには音楽シーンを支える多くの偉大なプレイヤーがいるんだ。
例えば、ギタリストのジョン・シャノンはピッツバーグに住んでいて、“Con Alma”という美しいジャズクラブを経営している。このクラブにはツアーで訪れる多くのミュージシャンが出演しているし、僕自身もトリオでよくプレイしていた。地元には、クラシックとジャズ界で知られるコントラバス奏者のジェフ・グラブスや、YouTubeチャンネル「pdbass」を運営するポール・トンプソンもいる。ピッツバーグは本当に才能あるプレイヤーに恵まれているんだ。
──あなたは後進ベーシストの教育にも力を入れていますが、指導者として大事にしていることは何でしょう?
たくさんのツアーをこなしたあと、僕は大きな過渡期に入っていった。自分の殻に閉じこもるようになり家も引っ越してスタジオを作り、ツアーやライヴも本当にやりたいものだけを引き受けるようになったんだ。そして家族と過ごす時間をもっと作るようになり、自宅に自分の世界を築いて作品をプロデュースしたり、作曲や教育的なことに取り組むようになった。
内なる自分を探る旅の一部として、“すべてを忘れて学び直すこと”を大切にしている。それから何を学ぶにしても“クリエイティブなものを目指す”というのが僕のスタンスなんだ。作曲、ベース・ライン、ソロ……どんな要素にもクリエイティブさを込めるべきだと思っている。この6年間でたくさんの本を書いてきたし、まだ発売していないものも含めると20冊以上あると思う。それらに伝えたいことはすべて書き切ったような気がしている。
──20冊ですか!
そうさ! 今はそれらのコンテンツを撮影している最中で、自分のオンライン・ベース・アカデミーをリニューアルしようとしている。初心者から上級者まで、すべてのベーシストがベースを通して自分を自由に表現できるよう、新しいコースを作っているんだ。こういったシステマチックな学びの記録は、僕自身が時間をかけて自分自身を学び直し、その旅を記録したものでもある。一音一音を大切にすることを学び、それを文書や映像として残してきたんだ。
──読者に向けて、何かベースを学ぶうえでの考え方のヒントをいただけますか?
例えば、Cメジャー・スケールを考えるとき、昔はドレミ……と音階をそのまま捉えていたけど、今はコード・トーンで考えるようになった。ルート、3度、5度、7度といったコードの構成音を意識することで、スケールのメロディックな側面にフォーカスできるようになったんだ。だから今は、アカデミックな視点から少し離れ、個々の音やそのとき鳴っているコードに注意を払い、そのなかにあるカラーやエモーションを感じ取ることを大切にしている。結果として、よりメロディアスでリニアな使い方ができるようになり、コードを見たときにルート音に縛られることも少なくなったんだ。
──今後はどのような活動を予定しているか、聞かせてください。
今はたくさんのアルバムを同時に製作していて、スタジオでハードワークに励んでいるよ。ボブ・ジェームスとの新しいアルバムもほぼ完成している。ボブ・ジェームスからアイディアを出して曲を共作してほしいと頼まれ、彼の家に行って一緒に曲を作ったんだ。帰宅してからは、『Infinity Glitch』のミキシングを手伝ってくれた親友のレオン・ヒューズと一緒にトラックメイクの作業を行なった。このアルバムでは僕の音楽的なルーツのいくつかを披露していて、全体的にノスタルジックな作品になっている。
ほかにも、ジャズ・スタンダードとオリジナル曲を複数のベースでアレンジしたソロ・アルバムや、デヴィッド・スロックモートン(d)とマシュー・チャールズ・ヒューレット(g)とのトリオ・アルバムも制作中だ。さらに、教則コースの再開や新しい本の出版にも取り組んでいる。素晴らしい6弦ベーシストのジェラルド・ヴィーズリー主催のベース・ブートキャンプにも参加したところだ。
──最後に、自身のソロ名義のアルバム以外で、キャリアを代表する作品を3つ挙げるとすると何を選びますか?
選ぶのは難しいね……でも、ヒロミの『Spiral』はもちろん僕にとって素晴らしいレコードだ。あのレコーディング・セッションで、僕は自分の声を作ることができた。ほとんど編集もオーバーダビングもなく、すべてワンテイクで行なわれたから、たくさんのプレッシャーを感じていた。でも、だからこそ自分を信じて解放し、大胆になる必要があったんだ。このアルバムは、僕のプレイを決定付けた重要な作品だと思う。
布袋寅泰と一緒にやったいくつかの作品のなかでは、ピッツバーグの友人デヴィッド・スロックモートンとトリオでブルーノートで行なったライヴDVDも挙げるかな。あのライヴでは、目立つベーシストとしてではなく、責任感のあるセッションマンとして、ただ布袋寅泰をサポートすることに徹したんだ。それが結果的に、良い意味で僕をレベルアップさせてくれたような気がする。ブルーノートでのあのライヴは、僕の布袋作品のなかではナンバーワンだと思う。
──最後の1枚は?
まだリリースにはなっていないけど、今ジーノ・バンクスというインド出身の素晴らしいドラマーと、マーク・ハートサッチというサックス・プレイヤーと一緒にアルバムを作っているところなんだ。マークは僕の親友で、ダーシャン・ドーシという素晴らしいインド人ドラマーとトリオで何度かライヴをやったこともある。南アフリカのケープタウン・ジャズ・フェスティバルにも一緒に行ったよ。
マークとは、ダーシャン・ドーシやジーノ・バンクスがドラムのバンドで一緒にプレイすることが多い。彼の奥さんのモヒニ・デイはインドが誇る素晴らしい女性ベーシストで、彼女ともここ2、3年でかなり親しくなり、時々アイディアを共有しているんだ。マークも混ぜて、サイド・プロジェクトみたいなことをやることもある。マークは僕のサウンドをとても理解していて、ジーノやダーシャンに叩いてもらったらバッチリな曲を書いてくれる。だから今後は、彼らとのプロジェクトをソーシャルメディア上でいろいろな形で目にする機会が増えていくだろうね。
──それは楽しみなプロジェクトです。またトニーさんに日本でもお会いできることを楽しみにしています!
ヒロミや布袋寅泰のプロジェクトで長年日本を訪れてきたから、日本はいつも僕にとって美しい故郷なんだ。布袋と一緒に滞在していたときには、東京でお寺や神社を巡ったり、街をブラついたりした思い出がたくさんある。日本には大切な友人が多いし、また日本に行って音楽を共有する日を楽しみにしているよ。
『Infinity Glitch』
P-VINE/PCD-25432
◎Profile
トニー・グレイ●1975年生まれ、英国ニューカッスル出身。名門バークリー音楽大学を卒業後、ベーシスト、マルチ・インストゥルメンタリスト、作曲家、プロデューサーとして活動、6弦ベースを駆使したテクニカルなパフォーマンスから柔らかなトーンのタッチ、歌心溢れるメロディアスなソングライティングでコンテンポラリー・ジャズ、フュージョン・シーンで頭角を表わすと、ジョン・マクラフリン、ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーターといったレジェンドたちとの共演や同じくバークリー出身で世界的なピアニストとして活躍している上原ひろみのバンド“Hiromi’s Sonicbloom”のメンバーとしてレコーディングやツアーに参加、さらには日本のトップ・ギタリスト布袋寅泰のツアー・サポートなども行なうなど日本はもちろんのことワールドワイドに知られた存在となる。ソロ名義では1stアルバムとなる『Moving』(2004)から『Chasing Shadows』(2008)、『Unknown Angels』(2010)、『Elevation』(2013)という4枚のアルバムに続き、最新作『Infinity Glitch』(2024)を発表している。
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