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    トニー・グレイが語る10年ぶりの新作『Infinity Glitch』と深化する多弦ベースの世界【インタビュー前篇】

    • Interview:Shutaro Tsujimoto
    • Translation:Tommy Morley

    ジョン・マクラフリン、ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーターといったレジェンドたちとの共演や上原ひろみのバンド“Hiromi’s Sonicbloom”のメンバーとしてレコーディングやツアーに参加、さらには布袋寅泰のツアー・サポートなど国内外を問わず華々しい活躍を見せてきたベーシスト、トニー・グレイが今年の夏に約 10 年ぶりにリリースした新作アルバム『Infinity Glitch』。10月16日に日本限定のボーナス・トラックも含む同作の国内盤CDが発売されたことを受け、ベーマガWEBではトニーにリモート・インタビューを敢行!前作からの 10年間の歩みや、多彩な参加メンバーとの共演、探究の止まらない6弦ベースの奏法やエフェクターを駆使した技法まで、存分に語ってもらった。


    4弦では出せない“6弦ベースならではの音”って実はそこまで多いわけでもないんだ。

     僕は学校を卒業する前から常にノンストップで世界中をツアーし、それに人生の大部分を費やしてきた。とはいえ、学んだことを自分の演奏に反映させたり、咀嚼したりするための時間が充分にあったわけではなかったんだ。だからヒロミ(上原ひろみ)との共演が終わった頃に布袋寅泰と仕事をしたあと、僕は一旦ツアー活動から距離を置いて自分のサウンドや作品に取り組むことにした。この10年間はベースに関するトレーニング・システムを開発して新たに学び直し、ノンストップでたくさんの曲も書いてきた。それにプライベートも変化して、結婚して小さな子供が生まれて家も引っ越したんだ。これは自分の音楽に関する脳をリセットする良い機会にもなったよ。

    Hiromi’s Sonicbloom「Time Out」(2007年/東京)

     新旧のアイディアの組み合わせさ。昔からたくさんの構想を描いてはいたけど、それらを世に出すべきだとは思えない時期がしばらく続いていた。でもあるとき、必ずしも“理想の演奏”に意固地にならず、“自分の本質”をより有機的に表現し、自分自身を深掘りしてみたいと思うようになったんだ。溜まっていたアイディアをもとにレッスン用のトラックを作曲していくなかで、“自分らしさ”を見出すようにもなった。だから本作には、新たにレコーディングしたものもあれば、古い素材に少し手を加えたものもあるね。

    トニー・グレイ・トリオの公演に布袋寅泰が参加した際の映像(2012年/映像)

     “自分自身の声”により多くの目的と意図を持ってやっていこうと決めていた。参加してくれたローマン・コリン(p)、ジョン・シャノン(g)、グレゴワール・マレ(harmonica)は、キャリアを通してずっと一緒にやってきたミュージシャンたち。今回は新しい音楽を作るために旧友が集まったようなものなんだ。

    グレゴワール・マレ(Gregoire Maret)

    ジョン・シャノン(John Shannon/左)

     大半の曲は先述の旧友3人に加え、ドラムにマーク・ジュリアナというバンドで、数年前にニューヨークでレコーディングした。そのあとに、僕の親友でパーカッション奏者のミノ・シネル、インドのフルート“バーンスリー”奏者のナヴィーン・クマールと、リモートで作業を行なった。ナヴィーンのフルート・ソロがとても美しかったから、それに合うように曲を作っていたようなところもあるね。

     ハンマー・ダルシマー奏者のMax ZTとは、タブラ奏者/プロデューサーのカーシュ・カーレイと一緒に演奏したときに知り合った。僕は今でも時々カーシュと一緒にツアーをしているからね。だから今作は、スタジオでのレコーディングと、リモート作業が混ざった現代的な制作だったんだ。

    ミノ・シネル(Mino Cinélu)

    ナヴィーン・クマール(Naveen Kumar)

     僕はいつも最初に曲のタイトルから考えるんだ。それによって“音楽で伝えたい感情”のイメージを膨らませる。例えば「Life as a Child」は息子のジャックのために書いた曲なんだけど、ベースでコードを弾いているときに彼のことを思い出し、この曲名をつけた。それからベースであれこれアイディアを練り、ボイスメモでメロディを歌ってみたり、即興でフレーズを重ねていったり、という具合で作っていったね。

    P-VINE/PCD-25432

     だからコードや音階のことを深く考えたりはしない。ただ自分のなかで響くアイディアを息子と結びつけ、“子どもでいるとはどういうことなのか(=「Life as a Child)”について考えを深めていく。これが僕のいつものやり方なんだ。

     それから「Reflections」という曲では、タイトルのごとくメロディを逆回転させたりしているんだ。それによって、物事を鏡のように映し出すことを表現した。この曲は、音楽を通じて自分のキャリアや人生を振り返ることがテーマだったんだ。

     マーク・ジュリアナとのすべてのセッションではフォデラの6弦を使ったよ。これは僕のシグネチャー・モデルで、バーズアイ・メイプルをボディのトップに用いた、33インチ・スケールのベースだ。ブライトさとダークさが僕にとって完璧にブレンドされたベースで、グルーヴを生み出すのにもソロを弾くのにも最高なんだ。

    フォデラ製のシグネイチャー・モデル

     それから今作では、もらったばかりのフォデラの新しいヘッドレスのシグネチャー・ベースや、Skjold Design Guitarsのフレットレス・ベースも使っている。ピート・ショルド(Pete Skjold)が作ってくれたフレットレスの音はとても叙情的で、まるでホロウ・ボディのサウンドみたいだね。チェンバード構造になっていて、ハイCのある5弦仕様で、自分の“異なる声”を引き出したいと思う曲ではこのベースを使っているよ。「Cycles」のサウンドはこのベースによるものだね。

    Skjold Design Guitars製フレットレス・ベース

     ヒロミとプレイしていた頃に話は戻るね。僕はそれまで5弦を使いながらも、6弦はちょっとやり過ぎな気がしていた。あるときアンソニー・ジャクソンのベースをセッションで弾かせてもらう機会があったんだけど、あまりの大きさに圧倒されてしまってね。でも当時のヒロミの音楽は、ローB弦を使うこともあればハイC弦を使うこともあった。だからツアー先ではローBとハイC用の5弦ベースを2本使い分けていたんだ。でも、2本のベースを持ち歩くのは大変だったし、演奏中に持ち替えるデメリットがつきまとった。そこでフォデラに相談をして、5弦ベースとほぼ同じサイズの6弦を作ってもらったんだ。

     6弦ベースの広い音域を使って、ほかの人がどんな演奏をするのかを聴くのは興味深いね。とはいえ4弦では出せない“6弦ベースならではの音”って実はそこまで多いわけでもないんだ。例えばアンソニー・ジャクソンのベース・ラインをコピーしてみて、のちになってそれが4弦ベースで弾かれたものだったことに気付くこともある。だから弦の数にはあまりこだわらなくたっていいと思っているんだ。

     でも、Motoはすごいベーシストだよ!実はバークリー音楽院に通っていたときに、一緒のクラスにいたことがあった。そこにはMoto、僕、ヤネク・グウィズダーラ、スティーヴ・ジェンキンスと、若いベーシストたちがたくさんいたんだ。Motoは当時から驚異的なベーシストだったよ。もちろん6弦ベース自体がすごく叙情的な楽器なんだけど、彼は6弦のベーシストのなかでも飛び抜けて叙情的だね。

     それから6弦を使うベーシストでは、ジョン・パティトゥッチやエイブ・ラボリエルも素晴らしいね。ネイザン・イーストも忘れちゃいけないし、素晴らしい6弦プレイヤーってたくさんいるんだよ。

    ▼ 中篇に続く ▼

    ◎Profile
    トニー・グレイ●1975年生まれ、英国ニューカッスル出身。名門バークリー音楽大学を卒業後、ベーシスト、マルチ・インストゥルメンタリスト、作曲家、プロデューサーとして活動、6弦ベースを駆使したテクニカルなパフォーマンスから柔らかなトーンのタッチ、歌心溢れるメロディアスなソングライティングでコンテンポラリー・ジャズ、フュージョン・シーンで頭角を表わすと、ジョン・マクラフリン、ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーターといったレジェンドたちとの共演や同じくバークリー出身で世界的なピアニストとして活躍している上原ひろみのバンド“Hiromi’s Sonicbloom”のメンバーとしてレコーディングやツアーに参加、さらには日本のトップ・ギタリスト布袋寅泰のツアー・サポートなども行なうなど日本はもちろんのことワールドワイドに知られた存在となる。ソロ名義では1stアルバムとなる『Moving』(2004)から『Chasing Shadows』(2008)、『Unknown Angels』(2010)、『Elevation』(2013)という4枚のアルバムに続き、最新作『Infinity Glitch』(2024)を発表している。
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