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トニー・グレイが語る10年ぶりの新作『Infinity Glitch』と深化する多弦ベースの世界【インタビュー中篇】
- Interview:Shutaro Tsujimoto
- Translation:Tommy Morley
◎インタビューの前篇はこちら
最近は弦高を少し下げて右手の強さを鍛え、
よりパンチのあるクリーンなトーンを出すようにしているよ。
──6弦ベースの弦にはどんなものを使っていますか?
ダンロップの“Nickel Wound Bass Strings”の0.030-0.130だね。そして僕は頻繁に弦を替えるのは好きじゃないんだ。たまにスラップもするけど、ほとんどは指弾きでコードを弾くことが多いから、ブライトな音がする弦だと“自分の声”から遠ざかってしまうことがある。だからデッドなサウンドのままでしばらくプレイし続け、本当に最後の手段として弦を交換している。
──あなたのサウンドは温かくて甘い、メロウなトーンが特徴的ですが、ベース本体のトーンのツマミも絞っているのでしょうか?
ツマミの設定も大事だけど、それ以上に大事なのは弾き方だと思う。弦のどの位置をピッキングするかによって音色やアタックは変わるし、左手の押さえ方によってアーティキュレーション豊かな音になることもある。スライドやスラーによってダイナミクスをコントロールすることもあるね。だからEQはわりとすべてフラットなことが多いんだ。
──ピックアップ・セレクターについてはいかがですか?
叙情的な音を出すときはブリッジ・ピックアップを選ぶときもあるし、ピックアップ・セレクターをセンターにして硬質なトーンにすることもある。基本的にはこのふたつを使い分けているね。でも正直なところ、ソロを弾くような曲ではブリッジ・ピックアップを使い続けることが多いよ。逆にソロを弾かずにグルーヴするような曲ではふたつのピックアップをブレンドしていて、EQも常にフラットにしているね。
『Infinity Glitch』
P-VINE/PCD-25432
──弦高など、ベースのセッティングに関して意識していることはありますか?
実は、かなり低い弦高にしていた時期がしばらくあった。僕に求められるベース・ラインはとてもテクニカルなものが多かったので、弦高が低いほうが有利だったからね。ツアーで旅に出ているときは短時間で覚えなければならないことが多くて、楽器の弾きやすさに難があるのは嫌だったんだ。
でも時間が経つにつれて、それによってトーンが少し犠牲になっていることが気になってきた。ラクをしようとした結果、技術的に少しいい加減になってトーンも少し弱くなっていたんだ。だから最近は弦高を少し下げて右手の強さを鍛え、よりパンチのあるクリーンなトーンを出すようにしているよ。
──今作で使用したアンプやエフェクターについても教えてください。
アンプはBergantinoを使っているんだ。アンプ・ヘッドにforté HP、キャビネットにNXT31を使ったよ。とてもクリーンなトーンが得られるんだ。BergantinoのSuper Pre(プリアンプ/DI)も使っていて、これはトーンにカラーをもたらしてくれてブーストもしてくれる。Bergantinoは僕のサウンドの大部分を担っているよ。
ディレイに使っているエフェクターはEarthQuaker DevicesのAvalanche Run。ディレイとリヴァーヴが搭載されているけど、ほとんどディレイしか使っていないね。最近はかけ過ぎないようにしているけど、このディレイは僕の現在の定番だね。あとオクターバーにはボスのOC-2とELECTRO-HARMONIXのPOGも使っている。
それからChase Bliss Audioも好きで、MOOD、blooper、HABITを使って遊んでいるよ。これらを使えば、ちょっとしたサウンドをループさせてサンプリングし、それをドローンとしてバックで流すことができる。またライヴではAbleton Liveのプラグインを使ってループさせながらのサウンドメイクもしているし、さまざまな実験をしているんだ。
──6弦ベース特有のエフェクターの使い方はありますか?
オクターバーを使って音を2オクターヴ上げるのは、6弦ベースにとっての秘密兵器と言えるだろうね。ギターの音域に近くなるから、音色が金属的になり過ぎないように気をつけないといけないけどね。それから、今作でキーボードのように聴こえるものの多くは実はベースのレイヤーを重ねたサンプルなんだ。これらはライヴで演奏しながら作ることもある。Chase Bliss Audioのペダルを使ってその場で思いついたものを起点に、音のタペストリーを作っているんだ。
そうやって生まれた音に合うようにコード進行をつけていく。ベースでやるにしてはちょっと異端なところがあるけど、Ableton Liveも使いながら音響的な下地を作っていく。ここ何年か僕が活動を休止している間にドラマーのイアン・マシアック(Ian Maciak)とデュオ・ライヴをすることが多かったんだけど、それを通して典型的なルーパーの使い方に頼らずにもっと長くて流れのあるものをもとに即興で音楽を作っていく方法を模索してきたんだ。
──「Natures Path」は、バンジョーのサウンドやシンセ・ベースのような低音アプローチが印象的な曲でした。この曲の制作背景を教えてもらえますか?
サックス奏者のビル・エヴァンスとのツアーで知り合った、親友のライアン・カヴァナーにバンジョーで参加してもらったんだ。ドラムはオベッド・カルヴェール、ピアノはローマン・コリン。基本的な骨組みは僕が書いたけど、彼らとニューヨークのスタジオに入ってみて、そこで起きたことにたくさんインスパイアされているんだ。特に、オベッドがドラムのグルーヴでレベルアップさせてくれた曲だね。
僕は、自分に多くのインスピレーションを与えてくれるミュージシャンと一緒に演奏するのが大好きだ。『Chasing Shadows』(2008年)ではロナルド・ブルナー・ジュニア(d)やクリス・デイヴ(d)と共演した。そして今回はライアン・カヴァナーやMax ZT、オベッド・カルヴェールといった、長年にわたり共演してきたミュージシャンたちが参加してくれて、彼らは僕の心に再び火をつけてくれただけでなく、フレッシュなサウンドとアイディアで互いをインスパイアし合ってくれたんだ。
──「Elastic Man」に参加している、マイク・スターン(g)との関係性についても教えてください。前作『Elevation』収録の「Walking In, Walking Out」に続くコラボレーションになります。
マイク・スターンはどういうわけか、何年経ってもいつもの笑顔でバッタリと会うんだ(笑)。世界中のどの国のどの都市でも、いつも朝食の席に座っている彼を見かけてきたし、いつも超クールな感じで僕らのショウに来てくれた。彼と一緒にジャムったことなんて何度あったのか数え切れないよ!互いのツアーが落ち着いて帰宅したときに、ニューヨークの彼の家のドアをノックして“一緒に演奏してくれない?”と声をかけようものなら、彼はスタンダードをジャムって何時間も一緒に過ごしてくれたんだ。
僕はニューヨークに移り住んだ頃に曲が書けなくなるスランプに陥った時期があったんだけど、彼はそのときの自分を支えてくれた存在とも言える。だから今回、“ただ自分のためだけに曲を書き、それにふさわしい「声」を探求しよう”と考えながらアルバムを作るなかで、マイクにもぜひとも参加してほしいと思った。それで彼にお願いして、彼の家まで車で行ってレコーディングしたんだ。
──マーク・ジュリアナとはいつ頃からの付き合いなのですか?
マークとは彼がアヴィシャイ・コーエン(b)とプレイしていたときに、僕がいたヒロミ(上原ひろみ)のバンドと対バンをしたことがあって、それ以来の知り合いなんだ。彼もまた音楽シーンのどこかでバッタリと出くわす人だし、オリ・ロックバーガー(k,vo)のバンドで彼と何度かプレイしたこともあった。いつか一緒にまたプレイしようって感じで連絡は取り合っていたんだ。
▼ 後篇に続く▼
◎Profile
トニー・グレイ●1975年生まれ、英国ニューカッスル出身。名門バークリー音楽大学を卒業後、ベーシスト、マルチ・インストゥルメンタリスト、作曲家、プロデューサーとして活動、6弦ベースを駆使したテクニカルなパフォーマンスから柔らかなトーンのタッチ、歌心溢れるメロディアスなソングライティングでコンテンポラリー・ジャズ、フュージョン・シーンで頭角を表わすと、ジョン・マクラフリン、ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーターといったレジェンドたちとの共演や同じくバークリー出身で世界的なピアニストとして活躍している上原ひろみのバンド“Hiromi’s Sonicbloom”のメンバーとしてレコーディングやツアーに参加、さらには日本のトップ・ギタリスト布袋寅泰のツアー・サポートなども行なうなど日本はもちろんのことワールドワイドに知られた存在となる。ソロ名義では1stアルバムとなる『Moving』(2004)から『Chasing Shadows』(2008)、『Unknown Angels』(2010)、『Elevation』(2013)という4枚のアルバムに続き、最新作『Infinity Glitch』(2024)を発表している。
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