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ライヴでやるとなると4、5人ぐらいベーシストが
必要になりそうですが(笑)。
━━そして、「消えゆく森の声」でアルバムの雰囲気が大きく変わると。
この曲から、僕の現代史というか、コロナ以降の歴史が始まるという感じですね。
━━『琴線』(2006年)だったと思いますが、ストレート・アヘッドなアレンジの曲とコンテンポラリーなアレンジの曲が交互に収録されていて、さすがに納さんはそのときどきの新しいものもちゃんと消化しているんだなあと感心した覚えがあるんです。アルバムのこの曲以降の展開を聴いて、そのことを思い出しました。
最近の新しいものを聴いているかと言われると、お恥ずかしい限りですが、パッと耳に絡みついて来るようなおもしろいものは気にするようにしています。この曲も、数年前に来日したギンガ(Guinga)という、ブラジルのギタリスト兼作曲家の音楽を聴いたのと、自分でも同じ頃にブラジル系の音楽をやることが多くて、僕はブラジル音楽の専門家ではないんだけれども、やってみるとメチャクチャおもしろいわけですね。で、この曲でも、特にディミニッシュのハーモニーが2小節ぐらい続くところなんかは、ブラジル音楽の影響が出ています。ブラジル人はディミニッシュの使い方が絶妙だという印象が強くて、この曲ではそこを取り入れました。
━━「ひとりぼっちのジョージ」は、納さんご自身も語っているように、ジャコの「Liberty City」の影響がはっきりと出てはいますが、ただの物真似に陥らないようなハズし方が絶妙というか、うまい言い方が見つからないんですけれども。
これはコード進行もCとEの転調を繰り返すところもジャコのお得意のパターンだし、昔のアレンジもあまりにもジャコっぽかったので、今の納浩一としてはこれじゃアカンでしょということで、パクリじゃないようにする意味もあって、新たに6弦ベースの高音域を使ったソロの部分をイントロに加えたんです。イントロ部分のベース・パートは、ひとりでもできるんですが、それだとパンチが出なかったので、3パートぐらいに分けて重ねました。実際には、ライヴでやるとなると4、5人ぐらいベーシストが必要になりそうですが(笑)、アルバムのプロジェクト自体、ライヴで再現不能なものでも良しとするところから始まっているので、ベースも何回重ねてもいいやという(笑)。
━━続く「その先に見える風景」は、実を言うと個人的に一番おもしろいと思った曲でした。オールディーズなスウィングから始まって、音楽のスタイルが新しい時代に変化していくなめらかさというか、気がついたら次の世界にいた、みたいな演出が絶妙だと思いましたが、これもFinaleの再生機能で確認しながらアレンジしたんでしょうか。
ありがとうございます。これはもう、メロディをピアノで確認した以外は頭のなかで鳴っていた音をそのまま曲にしたという感じです。最後の小池(修)さんのEWIソロなんかは、楽曲のイメージと方向性だけ伝えて、荘厳な感じで終わらせてくださいとだけ言ってお願いしたので(笑)、結果はどうなるかわかりませんでしたが、見事にやってきてくれました。
━━小池さん、大活躍ですよね。
もう、小池さんなくしてはこのアルバムは成り立たなかったです。この曲は途中でスケールが変わるんですが、アイディアとしてはドン・グロルニックの「Nothing Personal」なんです。
━━マイケル・ブレッカーのセルフ・タイトル・アルバム(1987年)に入っていた曲ですね。
そうです。でも、僕はGのメロディック・マイナーというか、Eのロクリアン・ナチュラル9thをもとにして、途中でメロディが入ってくるあたりからEのドリアンに変えて、ソロが始まるところではEマイナーとFマイナーの「So What」風コード進行になるという展開にしています。そして、EWIが入ったところからは、やはりドン・グロルニクの(笑)「Human Bites」という曲の、ベースがずーっと同じ音を弾くうえでコードがいろいろと変わるというアイディアを拝借しているんですよ。作曲面で影響を受けたということで、この曲はドン・グロルニックへのオマージュになっています。それで、小池さんのソロまでは下のベース・ノートが次々に変わっても上のモードは変わらない、みたいなアプローチですが、それ以降は下は変わらないけれども上のコードがどんどん変わっていくという展開になっています。全体的にはGのトーナル・センターみたいな感じで動いているので、そこで統一感を出すというアイディアですね。「Milesmiles」までは細かいアレンジの曲ばかりですが、「消えゆく森の声」以降はどうしたらシンプルでおもしろくて印象深い曲を作れるかという、今の僕の重要な考え方から生まれた曲なんです。だから、この曲が一番おもしろいと言ってもらえたのは嬉しいですね。
━━この曲は、お孫さんのかわいい声で終わっていたり、最後の「うつろう」は娘さんのナレーションが入っていたりして、とても心温まる場面ですね。この「うつろう」はアルバムで最も意外性のある曲だと思いますが、実は日本のシンガー・ソングライターやポップスの世界は、一部でけっこうジャズとの接点が多いんですよね。
実を言うと、この曲を作ったときに一番意識したのは吉田美奈子さんなんです。もともと何十年も前から、あの吉田美奈子さんの独特な世界観なんかが好きでしたし、村上ポンタ(秀一/d)さんとか坂本龍一(k)さんとか、ジャズとポップスの間を行き来していた人がサポートを務めていたり、今だと金澤英明(b)さんとか石井彰(p)君とやったりということもありますし。ああいうスタイルの人ってジャズとかポップスとか関係ないと思うんですよね。日本語と英語の垣根も超えているけれど、僕にとっては日本語のほうが素直に入ってくるので、そこでジャズの匂いもするような曲を僕も作りたいなという気持ちが強くあったんです。それで、吉田美奈子さんの歌を改めて聴いてみて、どういうサウンドと世界観がうまくハマるのかを考えるうえで参考にしました。
━━メロディやコードは、けっこうジャズっぽいですよね。
ええ。ただ、演奏をあまりジャズっぽくすると、HAKUちゃんの歌のイメージを壊しちゃうので、歌を生かしながらも少ない音でしっかりと世界観を作ってくれる、島健(p)さんと三好“3吉”(功郎/g)君に手伝ってもらいました。
━━とても繊細な演奏で、素晴らしい締めくくりになったと思います。
ありがとうございます。
━━それで、アルバムが無事完成して発売になったわけですが、これからどのような展開を考えていますか? ライヴで演奏することは考えていないということでしたが。
気持ちはもう、『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』以降のビートルズなので(笑)、ライヴでやることは考えず、あとは僕の演奏を聴いて、納浩一がアルバムを出したと知ってくれた人が買ってくれればいいと思っています。無理に少ない編成で演奏しても、せっかくの音楽がショボくなっちゃうのも嫌なんですよね。曲に対してもお客さんに対しても申し訳ないので。ただ、9月28日にLP発売記念ライヴをやるつもりではいます。
━━なるほど。アルバムではそのぐらい思い切ったことがやれたということなんですね。
ほんと、そうなんです。ライヴをやらない代わりに、アルバム作りには全力を傾けたつもりです。
◎Profile
おさむ・こういち●1960年10月24日、大阪生まれ。京都大学卒業後バークリー音楽大学に留学。1985、1986年度のバークリー・エディ・ゴメス・アウォード受賞。1987年に同大学作曲編曲科を卒業。帰国後は都内のライヴハウスやスタジオ・セッションを中心に活動。1996年〜2008年、渡辺貞夫グループのレギュラー・ベーシストとして、全国ライヴハウスや、モントルー・ジャズ・フェティバルをはじめとする、海外ジャズ・フェスティバルなどに多数に出演した。2001年より、大坂昌彦(d)、小池修(s)、青柳誠(p)の3人とともに作ったユニット“EQ”で、8枚のアルバムのリリースし、2004年度の東京ジャズなど数多くのライヴ活動を積極的に展開している。また1997年に初リーダー・アルバム『三色の虹』を、1999年には布川俊樹(g)との共同アルバム『DuoRama』をリリース。その後はリーダー作『琴線/ The Chord』(2006年)、布川俊樹との共同アルバム第2作目『DuoRama 2』(2009年)、第3作目『DuoRama Standards』(2015年)を発表している。教則本やDVDとしては、『ジャズ・スタンダード・バイブル』、『すぐ弾けるジャズ・ベース』、『ジャズ・ベース・スタンダード』(リットーミュージック刊)、『ウォーキング・ベース自由自在』、『ウッド・ベースの嗜み』(アトス・インターナショナル刊)などを制作。2022年7月1日、“生涯最後”のリーダー・アルバム『CODA』を発表。9月28日にはBLUES ALLEY JAPANにて、同作のLP盤リリース記念ライヴを行なう。
◎Information
Official HP 『CODA』特設ページ