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【Lover’s Interview】井上陽介が語るスタンリー・クラーク

  • Interview:Koji Kano

現在発売中のベース・マガジン2月号【WINTER】では、特集『革新された低音解釈 70年代クロスオーバー』を70ページで展開しており、既成ジャンルを横断する新しい音楽ムーブメントとなった、“クロスオーバー・シーン”で活躍したベーシストたちのプレイや功績を再検証している。

特集では、“クロスオーバー・レジェンド”として、ジャコ・パストリアスとスタンリー・クラークを大きくピックアップ。スタンリー・クラークの企画内では、彼からの影響を公言し、ニューヨークでの活動歴もあるセッション・ベーシストの井上陽介に、深い“スタンリー愛”を語ってもらった。ここでは、本誌には入りきらなかった別内容のインタビューをお届けしよう。

スタンリーと同じくアコースティック/エレクトリックを使い分ける井上にとって、スタンリーの存在とは? BM Web/誌面、両記事での井上の言葉から、クロスオーバー、そしてスタンリー・クラークの魅力を再認識してほしい。

“モータウンやロックを自由に捉えてジャズを演奏する”
という考えがあったと思うんです。

━━クロスオーバー全盛期だった1970年代当時、日本での潮流の広がりをどのように振り返りますか?

 当時は今のように手軽に情報を得る手段がなかったので、僕らみたいな大阪の高校生にとって、海外のクロスオーバーがどんなものなのかを理解することは難しかった。でも“歌がなくて、ずっとアドリブが続く音楽”という漠然とした印象は持っていて、そういう音楽は全部同じように聴こえていましたね(笑)。高校の先輩からリー・リトナー(g)とかラリー・カールトン(g)とかのレコードを貸してもらって聴いていましたけど、感触としては当時日本でも流行り始めていた、のちに“フュージョン”と呼ばれる音楽に近いものを感じていました。だから70年代には、確かに日本にも米国由来の“クロスオーバー”という概念は存在していたと思います。当時はまだジャコ・パストリアスがウェザー・リポートに在籍していた時期でしたけど、ウェザー・リポートの音楽って初見だと複雑すぎてちょっととっつきにくいじゃないですか。だから彼らみたいな難解なサウンドが“クロスオーバー”で、それを理解しやすくした音楽が“フュージョン”だと当時は勝手に理解していました(笑)。でも今振り返ってみると、この考え方もあながち間違ってはいないのかなと思います。

━━今回の特集でも取り上げているジャコ・パストリアスやスタンリー・クラークなど、当時活躍したベーシストたちが現在では“レジェンド”と評され、語り継がれています。彼らが後続のベース史に与えた影響についてはどう考えますか?

 ジャコやスタンリーに続くベーシストと言ったら、まずマーカス・ミラーが挙がる。もちろん80年代以降のR&Bで活躍したプレイヤーとか、セッションマンのレジェンドたちもまだ健在ですけど、やっぱり一番元気に活動し続けているのは彼ですからね。実際、マーカスはマイルス・デイヴィスに見出されたぐらいなのでしっかりジャズに根ざしているし、クロスオーバーの血潮を確かに受け継いだベーシストだと思います。そのあとにはヴィクター・ウッテンが出てきて、彼はどうしても特殊なテクニックばかりが目立つけど、根っこにあるものは極めてベーシック。だからマーカスやヴィクターのプレイとクロスオーバーの関係性を考えてみると、それらは全部スタンリーからの流れにつながると思うんです。時代ごとにいろいろな新しいテクニックが出てきて、後続のプレイヤーたちはそういったテクニックをどんどん取り入れているけど、根っこにあるものはあくまでも“シンプル”。そのスタンスは当時のスタンリーたちのプレイからヒントを得ているんじゃないでしょうか。

━━スタンリーは70年代当時、リターン・トゥ・フォーエヴァーとソロ作品、加えてセッションマンとしても数々の作品を残してきました。バンド、ソロ、客演のそれぞれで、プレイに違いはあると思いますか?

 求められるプレイが違えば自ずとプレイも変わってくるけど、エレキだと大概はどの場面でもアレンビック独特のヌメっとした質感の音を出していますよね。そもそも彼が呼ばれるときは派手な演奏を求められていたと思いますし。でもね、印象的なのはポール・マッカートニーの『Tug Of War』(1982年)に2曲ほどベーシストとして参加しているんですけど、そこでのプレイがすごくシンプルなんですよ。言われないとスタンリーだって気づかないレベルだと思います。そもそもポール自身もベーシストなわけで、あえてスタンリーにこのポップな曲のベースを頼んだっていうところにすごくセンスを感じます。これらの曲からはスタンリーの基盤には深いグルーヴ感がある、ということがよくわかる例ですね。同時にスタンリーからは“人間としての大きさ”を感じるし、普段の振る舞いとかを見ていてもすごくコミカル。大きくシンプルなリズムでバンドを包み込むためには、そういう人間性も大事なのかもしれませんね。バンド・メンバーを鼓舞させるようなあの姿勢は素晴らしいと思います。

━━スタンリーといえば、やはり派手で目立つプレイがフィーチャーされがちですが、実はシンプルなプレイのなかにも違った魅力があると。

 もちろん前面に出たときのド派手さは別格ですけど、彼は“派手さとシンプルさのコントロール”がすごく上手なんです。派手でテクニカルなプレイヤーはさっき挙げたヴィクター・ウッテンをはじめ、後続にもたくさん現われますけど、彼らのプレイからはそういったスタンリーからの影響を感じます。あとスタンリーの場合、ベーシストとしてだけではなく、コンポーザーとしての貢献度もすごく高い。彼は曲作りにおいて、ラテンやロック、ブラジリアン、ファンクといった、いろいろなジャンルをいち早く取り入れた。現代の音楽であればそれらはすべて機械でできてしまうから有機的な部分は薄いけど、彼が当時生み出した音楽はとにかく有機的。やっぱり人間がその場で感じたフィーリングで曲を作って、演奏したほうがおもしろいし、近年ではそういった“有機的な音楽の絡み”というものを感じる場面が非常に多いんです。昨今のフュージョン・シーンも多様化していて、ジャズとの境目がより曖昧になり、複雑で深みのある音楽が多くなったと思うし、ポップスにファンクやジャズの要素をかけ合わせたサウンドが人気を博している現代のシーンからも、クロスオーバーの影響を感じます。

━━なるほど。ある意味、70年代クロスオーバーに“立ち返っている”のかもしれませんね。

 そう。例えばベーシストって習性なのかもしれないけど、みんな基本に立ち返る姿勢がありますよね。そこにあるものがスタンリー、そしてジャコといった当時のベーシストの存在なんですよ。話が逸れるかもしれないけど、以前にスティーヴ・ガッド(d)とツアーで共演させてもらったことがあるんですけど、彼も“スタッフ(編註:スティーヴ・ガッドが在籍した、70年代〜80年代前半のクロスオーバー・シーンで活動したアメリカのバンド)は最高だったよ”と今でも言っているんです。その発言って裏を返せば、スタッフのようなシンプルなグルーヴを奏でるバンドこそ幸せを実感できる、ということだと思うし、そういったグルーヴの根幹にはクロスオーバーが源流として存在していると思います。

━━最後に、改めて70年代クロスオーバーにおけるベースの変革をどう考えますか?

 ジャズを起点にいろいろなジャンルの音楽をかけ合わせたサウンドがクロスオーバーとなるわけですが、やっぱりロックやモータウンの要素を“フュージョンさせる”動きが一番大きかったと思うんです。例えばジェームス・ジェマーソンの偉業としては、全篇アドリブみたいな演奏をモータウンに取り入れて成立させたことですよね。その流れを70年代のクロスオーバーのベーシストたちは汲んでいるんじゃないかなと思うんですよね。「Return to Forever」(リターン・トゥ・フォーエヴァー)なんて完全な8ビートで、ただ歌がない代わりにアドリブをやっているイメージだし、すなわち“モータウンやロックを自由に捉えてジャズを演奏する”という考えがあったと思うんです。

━━ベース・プレイにフォーカスしてみても、他ジャンルのサウンドをかけ合わせた考えが垣間見えると。

 そういうこと。ジャック・ブルースにも自由奔放なラインは多かったし、そういったベーシストからヒントを得つつ、ジャズのフレーズにロックの要素をふんだんに入れていった。8ビートをやっているわりにはベース・ラインは複雑っていう部分からも、60〜70年代初頭におけるベーシストの意識の変革を感じます。8ビートをやるかやらないかって葛藤もあったと思うけど、レジェンドたちがこれまで禁じ手とされていたことにも踏み切った。“マイルスがやったならいいか”っていうところもクロスオーバー・シーンの魅力ですよね。黒人も白人も同様に人種の垣根を超えて楽しめる、みんながヒッピーになって楽しめる、クロスオーバーとはそういう音楽だと思います。

◎Profile
いのうえ・ようすけ●大阪音楽大学作曲科卒業。1991年よりニューヨークを拠点に活動。日野皓正、ハンク・ジョーンズ、穐好敏子など数多くのミュージシャンと共演する。 2004年に活動の拠点を日本に移し、自己のグループのほか、塩谷哲、渡辺香津美、大西順子などのグループで演奏活動を展開。ジャズのみならず佐藤竹善、絢香、JUJU、May J.など、ポップス・アーティストのサポートも手がける。最新作は2021年リリースの『Next Step』。

◎Information
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【お知らせ】
現在発売中のベース・マガジン2月号【WINTER】でも、井上陽介のインタビューを掲載中。スタンリー・クラークのベースとの出会いのほか、プレイ分析や自身への影響、スタンリーのプレイが堪能できる名盤紹介など、BM Webとは別内容でお送りしています!

また特集では、ジャコ・パストリアス、スタンリー・クラーク含め、クロスオーバーを盛り立てた主要ベーシスト10名を紹介しているほか、アメリカ以外でのシーンの動向、クロスオーバーに影響を受けた日本人ベーシストへのアンケートなど、70ページで展開しています。

そのほか、フェンダー・アメリカン・ヴィンテージIIや小型コンボ/ヘッドフォン・アンプといった機材企画、来日公演が来月に迫ったレッド・ホット・チリ・ペッパーズの最新作『Return of the Dream Canteen』でのフリーの奏法分析など、さまざまな記事を掲載しています。ぜひチェックしてみてください!