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    セックス・ピストルズの名曲はどこから生まれた?グレン・マトロックが語った音楽的ルーツ

    • Interview : Shutaro Tsujimoto (Bass Magazine Web)
    • Translation : Tommy Morley
    • Photo : © 2025, I WAS A TEENAGE SEX PISTOL PRODUCTION, LLC ALL RIGHTS RESERVED

    セックス・ピストルズの初代ベーシストであり、『勝手にしやがれ!!(原題:Never Mind the Bollocks, Here’s the Sex Pistols)』(1977年)収録12曲中10曲の共作に関わったグレン・マトロック。その自伝をもとにした映画『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』(2026年10月2日公開)は、本人や盟友たちの証言を通じて、バンドの歩みと彼が果たした音楽的役割に迫るドキュメンタリーだ。あの鮮烈な楽曲とベース・ラインは、どのように生まれたのか。映画の公開を機に、モータウンやフェイセズから受けた影響、代表曲の制作秘話、愛用機材、そして“曲に奉仕する”ベース・プレイへのこだわりまで、本人にじっくりと聞いた。

    グレン・マトロック

    ピストルズには世間が思う以上にいろいろなものが詰まっていて、俺も大きな役割を果たしていた

     あの本は、ピストルズにいた頃の気持ちや、バンドの歴史で自分が軽く扱われてきたことに折り合いをつけるために書いた。書き終えたら気が楽になったよ。“いいドキュメンタリーになるかもしれない”とも思っていたけど、なかなか進展しなかった。

     2〜3年前にニック・ミードと知り合い、アンドレ・レリス(ともに本作の監督)を紹介してもらって、彼が映画を作りたいと言ってくれたんだ。それで一気に話が進んだ。おもしろいのは、狙ったわけでもないのに、映画の公開が、フランク・カーター(vo)を迎えたピストルズの活動やパンク50周年と重なったことだね。

    セックス・ピストルズ ライヴ写真
    リッケンバッカー4001を手にコーラスも担うグレン。初期セックス・ピストルズのメンバーは、グレン・マトロック(b)、ジョニー・ロットン(vo)、スティーヴ・ジョーンズ(g)、ポール・クック(d)。

     ただお願いしただけさ。出演するかは本人たちが決めることだからね。俺も頼まれたら、“この人たちが好きか? 俺が語る価値はあるか?”と考える。みんなも同じだったんじゃないかな。これだけの面々が語ってくれて、本当に嬉しかったよ。

     ああ、少しはあるね。自分の立場から物語を語れたのは、俺には大事なことだった。気持ちの整理もついたし、再びピストルズでプレイし続けることにもつながった。

     このバンドには世間が思う以上にいろいろなものが詰まっていて、俺も大きな役割を果たしていた。それが伝われば満足だよ。それに俺は“政治には興味がなく、ポップ・ミュージックしか考えていないヤツ”みたいに扱われてきたけど、実際は違う。そのあたりも以前より伝わっていると思う。あとは観た人に解釈してほしいね。

    「Anarchy in the U.K.」で使ったのもそのリッケンバッカーさ

     いや、最初に見て触ったのは叔父のベースだけど、使っていたわけじゃない。学校の知り合いから安いベースを譲ってもらって練習を始めたんだ。ピストルズでは最初スティーヴのベースを使い、レコード契約後にリッケンバッカーを買った。「Anarchy in the U.K.」の録音で使ったのもそれさ。今はリヴァプールの博物館に貸し出している。

     プレシジョン・ベースも好きで、1961年製の素晴らしい1本を“Filthy Lucre”ツアー(篇註:セックス・ピストルズが1996年に行なった再結成ツアー)やフェイセズで使っていたんだけど、盗まれてしまったんだ。

     見た目も音も気に入ったからだよ。でも使ううちに、スイッチやノブが多すぎると思うようになった。プレシジョンはノブがふたつだけで、ヴォリュームとトーンを全開にすればいい。ずっとシンプルさ。その後はショート・スケールのギブソンEB-0や、ダン・アームストロングの、確かLondon Bassって名前のベースも持っていたな。

     当時はその場にあるベースを弾いていただけさ。ある程度しっかりした楽器なら、扱い方さえわかっていれば、どれを使うかはそれほど重要じゃない。プロデューサーのクリス・トーマスと録音したとき、“どんなベースを持ってきた?”と聞かれて、“リッケンバッカーだよ”と答えたら、“ああ……”って反応だった(笑)。だから“大丈夫、弦は張り替えてくるから”と言ったんだ。

     でも後になって、録音には新品の弦を張ったリッケンバッカーより、使い込んだ弦を張ったプレシジョンのほうが向いているんじゃないかと気づいた。そういうことは経験しながら学ぶものだね。

    セックス・ピストルズ ライヴ写真

     そうでもないかな。ベースこそ俺の楽器だと思ったことはないよ。学生の頃、売りたがっているヤツがいたから買ってみただけさ。でも、ひとりで弾くだけじゃおもしろくないとすぐに気づいた。一緒にプレイする相手が必要な楽器だからね。それで“誰かとプレイしなきゃ”と思い、運よくスティーヴとポールに出会えた。そのあとは歴史が語るとおりさ。

     叔父にもらった古い78回転盤に合わせて弾いていた。リトル・リチャードやエルヴィスみたいな、メジャー・スケールのロックンロールだね。キンクスの「You Really Got Me」なんかにも合わせて弾いた。できるまで繰り返し練習する、それだけだったよ。

     フェイセズのロニー・レイン、ジョン・エントウィッスル、ニック・ロウ。ニックがブリンズリー・シュウォーツにいた頃は、よく観に行ったよ。カンのホルガー・シューカイも好きだったし、プラスティック・オノ・バンドのクラウス・フォアマンも素晴らしい。

     タムラ・モータウンのジェームス・ジェマーソンも最高だね。映画『永遠のモータウン』のプロモーション・ライヴを手伝ったときには、ファンク・ブラザーズにも会った。ベーシストは確かボブ・バビットだったかな。そういう人たちのいいところを少しずつ吸収できればいいと思っていた。ただ、学んだことを全部1曲に詰め込んだら弾きすぎになる。大事なのは曲のためにプレイすることなんだ。

    ▲フェイセズ「Too Bad」

     誰かの曲を弾こうとしたのが始まりだよ。バンドを始めた頃は下手だったから、カヴァーしても全然違うものになってしまう。でも、それが新しい曲に聴こえることがあった。そこから少しずつ変えて、歌詞のアイディアも浮かんで曲になっていく。

     難しい話じゃない。手を動かして、本当のことを書くだけさ。ただ、正直に言うと今も曲の作り方はよくわからない。思いついたアイディアをギターで試しているうちに、自分なりの形になる。そんな感じだね。

     俺はよく全体の方向を導こうとしていたよ。みんなそれぞれ、自分の思うほうに持っていきたがっていたけど、俺は自分のアイディアを、相手が思いついたように思わせるのが少しうまかった。だから結局、俺のやりたいようにプレイしてくれたんだ(笑)。

     ほかにやることもなくて、来る日も来る日もリハーサルに打ち込んでいたよ。でも初ライヴではみんな緊張していたし、勢いをつけようと何杯か飲んで、かなり酔ってもいた。だからリハーサルとは全然違うサウンドになってしまったね(笑)。

     フェンダーのBassman 100のヘッドとキャビネットを使っていた。当時のセットはもうないけど、別の70年代製の同モデルを今も使っている。これまで弾いたなかで最高のアンプだよ。新品もいろいろもらったけど、これを超える音には出会っていない。ピストルズでは一時期アコースティックも使った。悪くはなかったけど、結局Bassmanに戻るんだ。フェイセズ、ブロンディ、再結成以降のピストルズでも、ほかのプロジェクトでも使ってきたよ。

    セックス・ピストルズ ライヴ写真

    ホルガー・シューカイのプレイには大きな影響を受けたよ

     いや、あのメイン・リフはピアノで思いついたんだ。リハーサル・ルームに置いてあってね。ほとんど弾けないんだけど、ちょっとしたフレーズを弾いてみたらおもしろかった。曲を書いていると、たくさんのアイディアがすぐに消えていく。でも、頭から離れないものは大抵いいんだ。あのリフもずっと残っていたから、ギターに持ち替えて形にし、スティーヴに聴かせた。基本は同じリフでも、彼は少し違う弾き方をしたよ。それに合わせて俺がベースを弾いたり、もともとベースで考えていたフレーズを彼に弾いてもらったりした。最後はベース・ラインに手を加えて曲に奥行きを出したけど、出発点はピアノだったんだ。

     いや、メジャーとマイナーのコード、それに6thや7thがわかるくらいだった。俺はあえて理論派にならないようにしているんだ。少しは譜面を読もうと思ったけど、一緒にプレイする連中が誰も読めないから、覚える意味もあまりなかった。コードを教えて、“ここでフレーズを入れて”と言えば、それぞれ自分なりに弾く。結局、誰とプレイするか次第さ。

     譜面が読めなくて困ったことは一度もないよ。そのせいで、『007は二度死ぬ』のテーマ曲を書いたジョン・バリーみたいな作曲家になる夢は潰えたんだろうけどね(笑)。ああいうオーケストラの映画音楽は大好きなんだ。

     いや、あれだけだね。

     「Anarchy in the U.K.」が一番好きだね。オクターヴを取り入れているんだ。確か2008年にスペインでライヴをしたときだったかな。ヴェルヴェット・リヴォルヴァーのダフ・マッケイガンが終演後に来て、“最高だったよ。そんなにタムラ・モータウンの要素があるとは思わなかった”と言ってくれた。最後のヴァースにはオクターヴを使ったモータウンらしさがあるし、ロニー・レインが弾くフェイセズの「Had Me a Real Good Time」の影響も少しある。

     サビもリフをなぞるだけだと思われているけど、実際はオクターヴで弾いているんだ。俺はいつもベースを目立たせたかった。低い音だけでは埋もれるし、高い音だけではロー・エンドがなくなる。だから両方を組み合わせた。ホルガー・シューカイのオクターヴのプレイには大きな影響を受けたよ。後にはダイアナ・ロスの「Love Hangover」にも惹かれたし、ブロンディでのプレイにも、そういう影響は出ていると思うね。

    シド・ヴィシャスは、世間の評価以上に能力のあるヤツだったと思う

     最高のアドバイスは、“ベースを弾くな。歌え”だったと思う(笑)。歌はかなりうまかったんだ。ただ、ジョン(ジョニー・ロットン)のように歌詞や曲を書くタイプではなく、ある意味、パンク・ロック版のエルヴィスだった。エルヴィスもほとんど人の曲を歌っていたし、シドもそれがうまかった。世間の評価以上に能力のあるヤツだったと思うよ。

     本当にいろいろなものに影響を受けていたよ。ポールはロキシー・ミュージック、スティーヴはニューヨーク・ドールズ、俺はスモール・フェイセズが好きだった。全員の好みが違ったんだ。もちろん、そのまま音楽に表れたわけじゃないけどね。

     ABBAから小さなアイディアを借りることはあったけど、「Anarchy in the U.K.」では壮大なアンセムを作りたかった。テレビ番組のテーマ曲をパンクに持ち込むような感覚さ。子供の頃に『Sunday Night at the London Palladium』という番組があって、壮大な序曲で始まったんだ。そのイメージで、「Anarchy in the U.K.」というマニフェストを序曲のようにしたかった。コピーではなく、あのフィーリングを取り入れたかったんだよ。

    セックス・ピストルズ レコーディング風景

     最大の違いはマルコム・マクラーレンだ。デイヴは優秀なライヴのサウンド・エンジニアだったけど、現場を仕切る権限がなかった。俺たちは出したい音もわかっていて、十分いい感じだったのに、マルコムが“まだエキサイティングさが足りない”と口を出すと、“これでいいんだ”と言い返せなかった。結局、俺たちも半ばストライキみたいになって頓挫した。クリスは実績があったから、マルコムをコントロール・ルームに入れなかった。それが決定的な違いさ。デイヴには気の毒だったけどね。クリスとエンジニアのビル・プライスは経験豊富で、何をすべきか完璧にわかっていた。

     曲に奉仕することだ。曲のために弾いて、自分の音だとわかる小さなフレーズをひとつ入れる。かっこいいフレーズを詰め込む必要はない。ほんの少しでも、君のプレイだとわかるものがあればいい。結局はフィーリングで、一番大事なのは曲なんだ。例えば「I Wanna Be Me」では“ガガガガ!”と激しく弾いていると思われるだろうけど、実際は“ブン、ブン、ブン、ブン♪”とローを効かせている。ポール・マッカートニーの「Paperback Writer」でのプレイみたいな感覚だね。ほんの少し手を加えるだけで、曲に華が出るんだ。

    グレン・マトロック

    PROFILE
    グレン・マトロック
    1956年8月27日、英国ロンドン生まれ。セックス・ピストルズの初代ベーシストとして、数々の代表曲の共作に携わる。1977年の脱退後、リッチ・キッズを結成。イギー・ポップやフェイセズ、ブロンディとの共演を重ね、ソロでも活動。1996年以降、ピストルズの再結成にも参加している。
    ●Instagram

    『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』
    10月2日(金)より新宿武蔵野館ほか全国公開中!

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    2004年7月号特集『ジ・アーリー・イヤーズ・オブ・パンク・ロック・ベース』

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