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アディ・オアシスに聞く“歌う低音”の作り方とルーツ「どんな音を弾くかよりも、グルーヴが大切」
- Questions : Masamichi Torii (TRIPLE FIRE)
- & Shutaro Tsujimoto (Bass Magazine Web)
- Translation : Tommy Morley
ソウルフルな歌声と、思わず身体が動いてしまう極上のベース・グルーヴ。その両方で聴く者を惹きつける、注目のベーシスト&ヴォーカリスト、アディ・オアシス(Adi Oasis)。カリブにルーツを持ち、フランスで育った彼女は、ニューヨークを拠点に、ソウルやファンクを土台とした歌と低音が絡み合うサウンドを追求している。アルバム『Lotus Glow』(2023年)は世界累計1億回を超えるストリーミングを記録。レニー・クラヴィッツ、アンダーソン・パーク、サンダーキャットらとの共演や、ニューポート・ジャズ・フェスティバル、モントルー・ジャズ・フェスティバルなど数々のステージも経験してきた。
そんな彼女が、2026年10月21日(水)にビルボードライブ東京、22日(木)にビルボードライブ大阪で公演を行なう。来日を前に、ベース・マガジンWEBでは初となるインタビューが実現。“自分の声とベースという、ふたつの楽器で歌っている”という彼女に、音楽的なルーツやベースとの出会い、プレイと音作りへのこだわり、そしてツアーを重ねて磨いたバンドで臨む来日公演への思いを語ってもらった。

Photo by Clément Dezelus
SWVやローリン・ヒル、エリカ・バドゥが大好きだった
⸺まずは音楽的なルーツから聞かせてください。フランスで生まれ育ったそうですが、子どもの頃はどんな音楽が身近にありましたか?
家ではアメリカのR&Bやソウル、ポップ・ミュージックがよく流れていたの。それから、父がカリブ海のマルティニーク島出身で、そこには“ズーク”という独自の音楽がある。そうしたカリブの音楽や、ハイチ、西アフリカの音楽もたくさん聴いて育った。どれも私の音楽的な土台になっていると思うわ。
⸺アメリカのR&Bやソウルで、特に好きだったアーティストは?
兄弟姉妹はみんな私より年上で、マイケル・ジャクソンやホイットニー・ヒューストンが大好きだったの。ルーサー・ヴァンドロスも、家でよく聴いていた。私自身もR&Bにすごくハマっていて、SWVやローリン・ヒル、エリカ・バドゥが大好きだった。ディアンジェロを聴くようになったのは、もう少しあとのことね。
⸺そこから、聴く音楽はどのように広がっていったのでしょうか?
昔のアメリカのソウル・ミュージックを知って、一気に掘り下げていったの。プリンスが一番好きなアーティストになって、そこからチャカ・カーン、アース・ウインド&ファイアー、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、パーラメント、ファンカデリックへと広がっていった。年齢を重ねるにつれて、60〜70年代の音楽やその歴史に、どんどんのめり込んでいったわ。

⸺10代の終わりにニューヨークへ移住されています。大きな決断だったと思いますが、なぜニューヨークだったのでしょうか?
最初はバケーションで来ただけだったんだけど、5日後にはここに残ると決めていた。自分に大きな影響を与えてきた音楽のルーツを辿りたかったの。当時は、自分のサウンドやアイデンティティを探していた時期でもあった。
アメリカの音楽やブラック・ミュージックに強く影響を受けていても、それがどこから生まれたのか、本当の意味では理解できていないと感じていたの。だから、外側から真似するだけではなく、そのなかに入って一員になりたかった。そこで自分のサウンドも見つけたかったし、ニューヨークではそのすべてを見つけることができたわ(笑)。
⸺もともとはギターを弾いていたそうですが、ベースを始めたきっかけは?
ある意味、アクシデントだったの。16歳でギターを始めて、ニューヨークで最初に組んだのが、私と男性ふたりのトリオ、ザ・クラウド。あるライヴで雇ったベーシストが直前にキャンセルして、みんなが“ギターを弾いているんだから、ベースも弾けばいいじゃないか”って(笑)。
もちろん弾き方は知らなかったけど、ギターの経験があったから、まったく未知の楽器でもなくて、すぐに夢中になった。無意識に探していた答えが、そこにあったような感覚だったわ。
⸺ヴォーカルを担当したニューディスコ・バンド“エスコート”での経験は、ソロ活動にどうつながりましたか?
ステージに向き合う姿勢を形作ってくれたと思う。バック・ヴォーカルの振り付けもある大所帯のバンドで、たくさんのショウに全力で取り組んだの。5〜6歳からツアーやパフォーマンスは経験していたけど、あれほどの規模のバンドで大きなステージに立てたのは、素晴らしい経験だったわ。
プリンスのベーシストになるという夢が叶わなくなって、やりたいことを先送りにすると手遅れになることもあるんだと気づいた
⸺ベースを始めた当初はどのような練習をしていたのでしょうか?
もともと曲を聴くときはベースに耳が向いていて、頭のなかでもベース・ラインが鳴っていたの。だから、手にしたときに“ああ、私はこれを弾きたかったんだ”と気づいた。さっき言った“答えがそこにあった”というのは、そういう感覚ね。
練習では、好きなベース・ラインを片っ端から覚えていった。最初に覚えた曲のひとつが、カーティス・メイフィールドの「Superfly」。開放弦も使いながらEの音を3オクターヴにわたって弾くから、すごくいい練習になった。それから、アース・ウインド&ファイアーの「Fantasy」。あれを弾けたときは本当に衝撃だったわ。そんなふうに、何時間もアパートにこもって練習していた。
ニューヨークのベーシスト・コミュニティに温かく迎えてもらえたことも大きかった。みんなオープンで、知識を分かち合う文化があるの。当時は女性のベーシストがまだ少なくて、興味を持って教えてくれる人がたくさんいた。知り合いや好きなベーシストに“何か教えてくれない?”と電話して、家に通っていたの。そのなかで、今でも親しい友人であり、私にすべてを教えてくれた師にも出会えたわ。
⸺シーロー・グリーンのツアー・バンドにも参加されていましたが、そこでの経験から学んだことを教えてください。
シーローとは数年間一緒に演奏していて、何より素晴らしいミュージシャンたちと共演できたことが大きかった。バンドにはいくつかの編成があって、ある時期にはプリンスの3RDEYEGIRLで活動していたミュージシャンたちと一緒だったこともある。プリンスが亡くなって間もない頃で、私は彼にとても強いつながりを感じていたから、彼女たちと演奏できたのは本当に特別なことだったわ。シーローは女性だけのバンドを好んでいて、才能豊かでパワフルな彼女たちから多くを学んだし、素晴らしいコミュニティもできていた。
シーロー自身も、圧倒的な歌声を持つ、本物のスター。それまでずっとフロントで歌ってきた私にとって、少しうしろから彼のパフォーマンスをじっくり見られたのは貴重な経験だった。そこで学んだことは、自分のショウにも取り入れていったわ。
⸺2018年に初のソロ・アルバム『Adeline』をリリースしました。ソロ活動を始めたきっかけは何だったのでしょうか?
プリンスが亡くなったことだった。ソロへの思いはあったけど、自分の音楽が受け入れられるか不安で、エスコートのなかに隠れていたんだと思う。自分の音楽をプロデュースする女性のロールモデルもあまり知らなかったけど、“私だってできるはず”と、少しずつ制作を始めていたの。そんなとき、スティーヴィー・ワンダーがプリンスを悼むインタビューで、“一番好きだったのは、周りからどう思われるかを気にしないところだった”と話していた。他人の評価を気にせず音楽を作る、その姿勢に勇気づけられたわ。
私は心のどこかで、いつかプリンスのベーシストになるんだと思っていたの(笑)。でも、その夢が叶わなくなって、やりたいことを先送りにすると手遅れになることもあるんだと気づいた。ほかの夢は絶対にそうさせない。そう決めて、すぐにエスコートを辞めたわ。
“ベースも自分の声なんだ”と気づいてからは、ベースのミッドとハイをもっと出すようになった
⸺今ではプレシジョン・ベースの印象が強いですが、最初から使っていたのでしょうか?
最初はモデルの違いもよくわからず、ジャズ・ベースを手に入れたの。ソロ活動を始める頃にはプレシジョン・ベース派になっていたけど、今のサウンドに磨かれてきたのは、ここ5〜6年のことね。
誰かのためにベースを演奏するときと、自分のために演奏するときでは、ベーシストとしてのアイデンティティが違っていた。その違いを受け入れ、自分なりのベース・ラインや音楽を作るなかで、今のサウンドに辿り着いたの。
60〜70年代のオールドスクールな音だけど、あまりブーミーにはせず、トレブリーで少しバイト感もある。“ベースも自分の声なんだ”と気づいてからは、ミッドとハイをもっと出すようになった。自分の声とベース、ふたつの楽器で歌っているとわかってから、音を細かく突き詰めるようになったわ。

⸺KAMAUUとの「MANGO」(2020年)は、おふたりのヴォーカルも素晴らしく、Mu-Tron系のフィルターがかかったベース・ラインがトラックの顔になっていると感じます。あのベース・ラインは、どのように生まれたのでしょうか?
ブーツィー・コリンズの大ファンだから、エンヴェロープ・フィルターが大好きなの。使っていて本当に気持ちがいいし、「MANGO」もスタジオでいろいろ試しながら自由に弾いていたら、ワンテイクでできた感じだった。
普段はあまりペダルを使わないから、ほとんど唯一のエフェクトね。生々しく丸みのあるトーンか、フィルターをかけた音か、そのどちらかで弾いている。使う曲が増えるにつれて、どんな曲に合うかも自然とわかるようになってきたわ。
⸺エンヴェロープ・フィルターは、どのようなものを使っていますか?
いくつか持っているけど、録音では昔のオリジナルのMu-Tronが一番好き。ただ、大きくてペダル・ボードに収まらないから、ライヴに持ち出すのは少し大変なの。「MANGO」では、プリアンプとの相性が良かったMXRのM82を使った。録音ではすごくいい音だけど、ステージではそこまでしっくりこなくて。ライヴでは、小型のMu-Tronのリイシューを使っていたこともある。
もうひとつおもしろい話があって、あるときスーツケースが届かず、バスローブ姿でライヴをすることになったの。服もペダルも届かなかったのに、幸運にもベースだけは届いていた(笑)。それでInstagramに“ペダルがひとつもないの。「Multiply」を演奏するのに必要だから、誰かエンヴェロープ・フィルターを持ってきてくれない?”と投稿した。そうしたら、ポーランドに住むファンの男性が、投稿を見てペダルを持ってきてくれたの。彼もベーシストで、そのとき貸してくれたのがEBSのペダルだった。
すごく気に入って、自分でも買った。ライヴでいい音がするし、Mu-Tronのリイシューよりローも出る。あのアクシデントがなければ、出会っていなかったかもしれないわ。
⸺ライヴでは、エンヴェロープ・フィルター以外にどのようなペダルを使っていますか?
それほど多くは使っていないの。リヴァーブを使うのは「Le Départ」と「FourSixty」の2曲だけ。特に「FourSixty」はすごくムーディーな曲で、ベース・ソロのときにスプリング・リヴァーブを少しかけている。それから、いくつかの曲ではMoogのペダルを使って、シンセ・ベースのようなサウンドにしている。本当にそれくらいで、ライヴの約90%はエフェクトを使っていない。ベースそのもののトーンが好きだから。
一番好きなベーシストは、カーティス・メイフィールドと演奏していたラッキー・スコット
⸺Adiさんのベース・プレイは、歌を支える、シンプルで地に足のついたものだと感じます。シンプルながら華があり、ポケットも深く、聴いていてうっとりします。現在のスタイルは、どのように作り上げていったのでしょうか?
ほかの人のプレイを聴いてきたことが大きいと思う。たくさんの時間をかけて、特に大好きなベーシストたちのベース・ラインを学んできたし、それ以外にも、自分の好きな音楽をたくさん聴いてきた。
一番好きなベーシストは、カーティス・メイフィールドと演奏していたラッキー・スコット。彼のプレイを再現しようとしてきたけど、私には絶対にできないわ(笑)。すごくグルーヴィーでポケットが深くて、シンプルなのに、とてもメロディックなの。自分のサウンドにも、そういう要素が欲しいんだと気づいた。
私は歌いながら弾くから、ベース・ラインを作るときは、あまり複雑にしないようにしている。曲はすべてベース・ラインから始まっていて、頭のなかでハミングしていると自然に出てくる感じね。シンプルで覚えやすくて、口ずさめて、聴いた人がグルーヴを感じられる。そういうパートであってほしいし、いろいろと詰め込みすぎてもいけない。ベースの役割はメロディとリズムの間にあると思うし、そこが好きなの。
⸺ヴォーカリストとベーシストという、ふたつの役割が互いに影響し合うことはありますか? 歌うことがベースのプレイ・スタイルに与えている影響があれば教えてください。
どうかしら……でも、ベースを通してミュージシャンとして成長し、より良いシンガーになれたとは思う。シンガーもミュージシャンだから、基本的なハーモニーを理解して、音楽の会話にもっと加わってほしい。若くて歌に専念していた頃は、ほかのバンド・メンバーとは別に扱われて、会話に入れないことがよくあったの。そこは変わっていくといいと思う。
私はシンガーであり、ひとりのミュージシャンでもいられることが好き。曲作りだけでなく、ステージでもみんなの演奏に耳を傾けて、音楽に深く関われる。そうすることでスペースを作れるし、歌も良くなるの。
ベーシストなら、スペースの大切さはわかるでしょう? マイルス・デイヴィスも“静寂もひとつの音”と言っていたけど、その考え方を身につけられたのは大きかった。ベースの役割は音楽を支えて成立させることで、それはシンガーも同じ。声が曲を支え、その曲が物語を伝えていくの。
それに、声とベースでローエンドとハイエンドの両方を担えるのは、とても幸運だと思う。ステージでこれだけ広い音域をひとりでカバーしながら演奏できるのは、本当に特別なこと。それが大好きなの。
⸺現在、メインで使っているベースについて教えてください。
韓国のジュンという人が手がけている、Moollonというブランドのベースを使っている。あるとき韓国から送ってくれたんだけど、本当に素晴らしいベースだと思ったわ。フェンダーのスタイルを基本にしながら、私のために作ってくれたものなの。フェンダーの好きなところはちゃんと残っていて、そのうえで、自分だけの特別な一本という感じがする。
今ではかなり年季が入って、塗装も剥がれ始めている。弦も交換していないし、これからも絶対に替えないつもり。時間が経つにつれて、どんどん良くなっているの。
⸺映像では、さまざまなプレシジョン・タイプのベースを使われていますが、何本お持ちなのでしょうか?
5本ね。アメリカ製のフェンダー・プレシジョン・ベースも持っていて、これは3年前にフェンダーから贈ってもらったものなの。かなり軽いからツアーにも持っていった。当時は妊娠中だったので、とても助かったわ。
⸺弦はどのようなものを使っていますか?
ダダリオのフラット・ワウンド弦を使っている。できるだけ古い状態のまま使い続けたいから、弦は交換しないの。
⸺アンプについてはいかがでしょうか? お気に入りのブランドやモデルはありますか?
アギュラーが一番好き。手配できなければ、アンペグを使うこともある。場合にもよるけど、レコーディングではヴィンテージのフル・チューブのアンペグが一番ね。ただ、持ち運ぶのは大変だし、ライヴ会場でいつも用意してもらえるわけでもない。だから普段はアギュラーを手配してもらって、800Wのキャビネットと組み合わせているの。
自分が本当に誇りに思っていて、世界中を回ってきたショウだからこそ、そのまま日本のファンに届けたい
⸺Adi Oasis名義での1stアルバム『Lotus Glow』(2023年)ではベース・ラインの存在感が強く、ベース・リフがトラックの中心になっていると感じます。曲作りでは、やはり最初にベース・ラインを作るのでしょうか?
そう、最初に作る。まずグルーヴから始まって、そこからは、その日の気分や頭のなかで鳴っているものによって変わっていくの。ときには壁に向かってダーツを投げるみたいに、なんとなくベースを手に取って、何が出てくるか試すこともある。何より、まずグルーヴが気持ちよくなければ曲にはならない。私の場合、歌詞を書くのは最後ね。
⸺『Lotus Glow』(2023年)と最新EP『Silver Lining』(2026年)の間で、ご自身のベース・プレイや音楽性に、どのような変化があったと思いますか?
ひとつ大きな変化があって、すごくわかりやすいことなんだけど、私がベースを弾いていない曲があるの(笑)。次の段階に進むうえで、少しサウンドを変えたかった。新しい何かが加わったアルバムを作りたくて、いろいろと試していたの。
それで、以前からファンだった人たちに声をかけることにしたんだけど、そういうときは、いつもベーシストから声をかける。単純に、ベーシストと一緒に仕事をするのが好きだから。そこで連絡したのがCARRTOONSだった。素晴らしいプロデューサーであり、ベーシストでもあって、彼のサウンドがすごく好きなの。“彼なら私の曲の作り方もわかってくれそうだし、ベーシスト同士、きっと気も合う。コラボレーションしたらおもしろそう”と思った。
それで、たくさんの曲を一緒に作ったんだけど、彼も私と同じようにベースから曲を書くタイプなの。だから途中で“ねえ、ベースは全部あなたが弾いてみたらどうなると思う?”という話になった(笑)。最終的には彼が3曲でベースを弾いて、残りの曲は私が弾いて、プロデュースもした。いい経験だったけど、やっぱり自分でベースを弾くほうが好きね。だから、次のプロジェクトでは全部自分で弾くつもり(笑)。
⸺今年の5月にリリースされた「New Highs」は、フレンチ・ディスコのレジェンド、セローンとのコラボレーション・シングルです。どのような経緯で一緒に制作することになったのでしょうか?
彼のほうから声をかけてくれたの。チームから連絡があって、一緒に曲を作らないかと誘ってくれた。本当にレジェンドだから、すごく光栄だった。私はフランス人だし、エスコートのようなニューディスコ・バンドの出身でもあるから、彼のことは心から尊敬していたの。実際、「Supernature」をカバーしていたくらい。とても優しい人で、一緒に楽しく制作できたわ。
⸺DJ活動にも取り組まれていますが、こうした興味とベースを弾くことには、何か共通するものがあるのでしょうか? どちらも“人を踊らせたい”という感覚から来ているのでしょうか?
とにかく音楽が大好きだから、できるだけいろいろな方法で音楽を表現したいと思っている。DJもそのひとつだけど、頭のなかのまったく違う部分を使っているような感覚があって、それがすごく楽しいの。もちろん、人を踊らせたい気持ちもあるけど、自分自身のためでもある。大好きな音楽をかけて、自分も思いきり楽しむ。それも、私にとっては音楽を表現する方法のひとつなの。
⸺今回の来日公演は、Adi Oasis(ヴォーカル/ベース)、Ben Jamal(キーボード)、Druvvy(ドラム)、Pinky(ギター)という編成と発表されています。このメンバーで、どのようなライヴを予定していますか?
日本で演奏するのが本当に楽しみ。『Lotus Glow』をリリースしてからは日本で演奏していないし、もうすぐ新しい音楽もリリースするから。
最初は、日本のためにまったく新しいショウやコンセプトを作ったほうがいいのかもしれないと考えていたの。でも途中で、このショウはもう2〜3年かけて演奏して、完成度を高めてきたものなんだと気づいた。自分が本当に誇りに思っていて、世界中を回ってきたショウだからこそ、そのまま日本のファンに届けたい。オンラインだけでなく、実際に目の前で観てもらいたいの。それから、サプライズもいくつかある。日本のみんなのために、未発表の曲も何曲か演奏するつもりよ。
⸺以前はギタリストのいない3人編成でしたが、今回の来日ではギタリストが加わりますね。その変化も楽しみにしています。
そうね。去年からギタリストにも参加してもらっている。それまでいなかったのは、完全に経済的な理由なの。ツアーは本当にお金がかかるから。最初にアルバムを引っ提げてツアーをしたときは、ギャラもそれほど高くなくて、諦めざるを得なかった。私はバッキング・トラックを使って演奏するのは絶対に嫌なの。ベースは必ず自分で弾くし、ドラマーも必要。だから当時は、ほかの何かを削るしかなかった。
実際、トリオはとてもうまくいったし、バンドの結束も強くなった。Benは音楽監督でもあって、私とBenとDruvvyの3人は、これまで本当にたくさん一緒に演奏してきたの。最小限の編成で音楽を成立させるには、それぞれのパートをかなり練り上げる必要があって、そのぶん緻密なものになった。そうやって強い土台ができたから、今はそこに新しい要素を加えられる。やっぱりギターが入ると本当に楽しいし、日本にももちろん一緒に行くつもりよ。
⸺最後に読者のベーシストたちに向けて、“あなたがベーシストとして大事にしていること”をアドバイスとして教えてもらえますか?
忘れないでほしいのは、ベースはあなたの“声”だということ。楽器は自分の声なのだから、何を伝えたいのかを考えてみてほしい。それから、何よりもまずグルーヴ。どんな音を弾くかよりも、グルーヴが大切。ソロを弾くことより、しっかりとしたポケットを作ること。音楽は、とにかく気持ちよくなければいけない。伝えたいのは、それだけね(笑)。

公演情報
Adi Oasis(アディ・オアシス)
2026年10月21日(水)ビルボードライブ東京
1stステージ:開場16:30/開演17:30
2ndステージ:開場19:30/開演20:30
公演詳細・チケット情報
2026年10月22日(木)ビルボードライブ大阪
1stステージ:開場16:30/開演17:30
2ndステージ:開場19:30/開演20:30
公演詳細・チケット情報
出演メンバー
Adi Oasis(b,vo)
Ben Jamal(k)
Druvvy(d)
Pinky(g)
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