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【Live Report】 サンダーキャット – 2022年5月16日(月)/恵比寿ザ・ガーデンホール

  • Report:Shutaro Tsujimoto
  • Photo:Masanori Naruse

サンダーキャット
BASSIST:サンダーキャット
●2022年5月16日(月)※1stショウ ●恵比寿ザ・ガーデンホール

超人的なテクニックに魅せられた
2年越しの“再”振替公演

 フライング・ロータスとの共同プロデュースで制作された通算4作目の『It Is What It Is』を引っ提げての日本ツアーが当初決まっていたのが、2020年4月のこと。そこから新型コロナウイルスが世界的に猛威をふるい始め、同公演はあえなくキャンセル。さらには翌年に決まった振替公演も感染再拡大により延期となり、ついに2年越しに念願の“再”振替公演が叶ったのが本公演だ。東京・恵比寿ザ・ガーデンホール、大阪BIGCAT、名古屋クラブクアトロでそれぞれ1st、2nd ショウと2度ずつ公演が行なわれたが、チケットはすべて完売。来日直前には、“ブレインフィーダー”のレーベルメイトであるルイス・コールがドラマーとして急遽参加することもアナウンスされ、キーボーディストのデニス・ハムとのトリオ編成による“2年間待ったご褒美”とでも言うべき貴重なセットが繰り広げられることとなった。

 筆者が観たのは東京公演の1stショウで、前半戦は「Lost in Space / Great Scott / 22 26」、「Innerstellar Love」、「I Love Louis Cole」と、『It Is What It Is』の冒頭3曲からスタートするなど、最新アルバムからの楽曲でセットリストが構成され、後半戦では同作以降にリリースされた、アニメ『Yasuke -ヤスケ-』の主題歌として書き下ろした「Black Gold」や、昨年12月にルイス・コールとジェネヴィエーヴ・アルタディ(ルイス・コールとのユニット“ノウワー(KNOWER)”での活躍などで知られるヴォーカリスト)と発表した「Satellite」といった新曲もセットに織り込まれた。さらにはサンダーキャットとルイス・コールを引き合わせ、22歳にして夭折したピアニストのオースティン・ペラルタに捧げられた「A Message for Austin」、また昨年2月に死去したチック・コリアをトリビュートしたセッションも披露され、最後は『Drunk』収録の「Them Changes」で約90分のステージが締め括られた。

  • サンダーキャット – 2022年5月16日(月)/恵比寿ザ・ガーデンホール

 公演のハイライトを挙げるとすると、この日の編成での「I Love Louis Cole」は外せないだろう。ルイス・コール本人による歌唱も嬉しかったが、驚異的な速度と手数で展開される超絶ドラムと、その上を縦横無尽に駆けめぐるサンダーキャットによる超人的なベース・ソロは大いにフロアを沸かせた。「Got A Match」などのフレーズも聴けた10分以上にわたるチック・コリアへのトリビュートの時間帯も壮絶で、サンダーキャットが高音域を使ったソロ・プレイに移行すると、デニス・ハムが右手でコードを鳴らしつつウォーキング・ベースのラインを鍵盤で担うなど、トリオ編成とは思えないような多彩なアンサンブルを聴かせていたのが印象的だった。

 そのほか、原曲にはないエンヴェロープ・フィルターを派手に使ったベース・アプローチやオリジナルよりスピードアップしたBPMによってゲーム音楽を彷彿させるアレンジになっていた「How Sway」や、甘いコーラス・ワークで会場をメロウなムードに包み込むヴォーカル・パートと激しいインプロ・パートのコントラストに痺れた「Overseas」も素晴らしかった。

 MCでは、ジャコ・パストリアスやスタンリー・クラークといったレジェンド・ベーシストたちの名前から、近年亡くなったマック・ミラー、MFドゥーム、チェスター・ベニントン(リンキン・パーク)、テイラー・ホーキンス(フー・ファイターズ)、さらにはゲームやアニメの話題から渡辺信一郎や中村正人(DREAMS COME TRUEで知られるが、『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』のゲーム音楽を手がけている)の名前までが挙がっていたが、ジャズ/フュージョンからヒップホップ、R&B、ハードコア・パンク、そしてゲーム音楽まで、さまざまな音楽ジャンルからの影響を血肉にしてきたサンダーキャットだからこそ到達できるカオスでカラフルな表現が詰まったステージだったと感じた。

 機材に関しては、ベースはサンダーキャットが2021年の夏頃に手に入れたと思われる『エヴァンゲリオン』シリーズのアスカ・ラングレーの顔がボディの中央にペイントされたアイバニーズ製最新ベース(ちなみに、ストラップにもアスカ・ラングレーが描かれている)が、アンプ・ヘッドとしてはアギュラー製DB751が使用された。デジテック製Whammyなどのエフェクター類は足下ではなく卓上に設置され、ソロ・プレイの前には手でパラメーターを調整して多彩な音色を作り出していた。

 近年のサンダーキャットは、特に出世作の『Drunk』(2017年)以降に華々しく開花させた“現代的なビート・ミュージックのプロデューサー”としての才能に注目が集まることも多いが、ライヴでは“超絶ベース・プレイヤー”としてのサンダーキャットを存分に味わうことができるのが嬉しい。彼のステージからは、16歳にしてスイサイダル・テンデンシーズのベーシストとしてデビューし、エリカ・バドゥなどのバックでセッションマンとしてのキャリアを着実に積み上げたサンダーキャットの、“ベーシスト”としてのアイデンティティに対する誇りを強く感じたし、事実アルバムにおいては2〜3分のポップ・ソングとしてまとまっていた「Innerstellar Love」や「Dragonball Durag」といった楽曲が、ライヴでは長尺のインプロヴィゼーションを含んだ、ほとんど別の曲のような装いで披露されていたことにそれは象徴されている。「Dragonball Durag」を筆頭に、サンダーキャットの楽曲は短いフレーズやメロディの繰り返しで聴かせるものが多いが(「Dragonball Durag」は、ひたすら同じベース・ラインと歌メロディを繰り返しているだけという、かなり不思議な構造の曲だ)、これはヒップホップ的なループ・ミュージックのアプローチであるのと同時に、ライヴでベースやキーボードによるソロ回しを可能にする構造でもあったのだということに気づかされたオーディエンスも少なくなかったのではないだろうか。

 個人的にコロナ禍によってライヴから足が遠のいてしまっている時期もあったが、ライヴならではの表現のおもしろさを大いに感じさせてくれる公演だった。この日は“海外アーティストを観るのはコロナ前ぶり”、という観客も多かっただろうが、ちょうど同じ週にはロバート・グラスパー(ベースはブラッド・オレンジ作品などでプレイしているデヴィッド・ギンヤード)の公演も実施されるなど、少しずつ状況は好転してきている。このまま海外アーティストの来日が無事に続いていくことを切に願う。

■2022年5月16日(月)@恵比寿ザ・ガーデンホール
セットリスト(1stショウ)
01.「Lost in Space / Great Scott / 22 26」
02.「Innerstellar Love」
03.「I Love Louis Cole」〜「Overtime」(KNOWER)
04.「How Sway」
05.「Overseas」
06.「Dragonball Durag」
07.Satellite」
08.「Unrequited Love」
09.「Black Gold」
10.「A Message For Austin」
11.「U Have To Be Odd / Got A Match」
12.「Them Changes」

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