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BM DISC REVIEW – BASSMAN’S LIBRARY – 2023 October

2023年10月にリリースされたアルバムから、注目作品のディスク・レビューを公開。

『感覚は道標』くるり

音価やニュアンスで展開させる“支える”ベースの真骨頂

 かつてのメンバー、森信行(d)が約20年ぶりに合流し制作された14thアルバム。これまで、作品ごとにさまざまな要素を取り入れて表現を続けてきた彼らだが、今作では3人のサウンドを軸に、楽曲の色に合わせて多様なウワモノを織り交ぜている。そしてそれを、緻密かつ丁寧に音空間のなかで定位させており、一見ミニマムながら、ひとつのジャンルに偏らず聴かせるバランス感覚に驚く。⑨⑩などで顕著だが、佐藤のベースは、場面展開を単発的なフレーズで見せるのではなく、あくまで音価やニュアンスで表現。⑦のように淡々とルートを刻み続け、曲にとって必要なことを繰り返す胆力も、佐藤の真骨頂である。一方で、⑤で見せるメロディアスなラインも映える。アンサンブルにとって“そばにいてほしいベース”を極めた、佐藤の立ち位置を再確認できる作品だ。ちなみに、結成当時はオルタナティブなサウンドをかき鳴らしていた彼らだが、⑪のドライブ感あふれるプレイから、時間を経た3人の姿がいろいろな意味で描写されているように感じた。(近藤隆久)

◎作品情報
『感覚は道標』
くるり
スピードスター/ VICL-65873(通常盤)
発売中 ¥3,400 全13曲

参加ミュージシャン
【佐藤征史(b)】岸田繁(vo,g)、森信行(d)

『哀愁演劇』indigo la End

“15”の物語を綴る緻密な低音づかい

 Jロック・シーンを代表するソングライター、川谷絵音を率いる4人組の約2年半ぶりとなる7th作。彼らの楽曲を聴くと、描かれたかのような鮮明な情景が浮かびあがり、一曲がひとつの物語として脳裏に刻まれる。今作では15曲=15とおりのストーリーが一枚に集約されており、そこにベースで彩りを添えるのが後鳥亮介だ。楽曲ごとに的確に表情を変えるプレイは今作も健在で、ベースだけのトラックを聴きたいほどの完成度と言える。各パートで音価を変えながらメロディアスなフレージングを聴かせる①、腰高な動きを主体にドラムとのかけ合いを魅せる②、カッティング・ギターのウラで印象的なファンク・フレーズを投げ込む⑤、鍵盤/ギターとのシンコペーションを基本に、わずかな空間に仕込むオブリが心地良い⑧といった、フレーズで楽曲を牽引するプレイがある一方、ヒップホップ・テイストの⑫では、ロー・ポジションでの一定したグルーヴでアンサンブルの屋台骨を支えるなど、楽曲に対して真摯に向き合う姿勢が伝わってくる。(加納幸児)

◎作品情報
『哀愁演劇』
indigo la End
ワーナー/WPCL-13512~4(初回生産限定盤 C/3CD )
発売中 ¥4,950 全15曲

参加ミュージシャン
【後鳥亮介(b)】川谷絵音(vo,g)、長田カーティス(g)、佐藤栄太郎(d)

『Goddess of Victory』Muses

スピーディかつパワフルなレディース・フュージョン

 ジャズ・フュージョンのジャンルでは初の女性バンドによる2作目。今どきのJ-POPやアニソンにも通じる音楽性を基調に、メタルやプログレなど、さまざまな要素を織り込んだ印象で、インストものに縁の薄い人でも取っつきやすいだろう。バンドとしてはRie a.k.a. Suzakuのギターを前面に出しているようだが、緻密でスピード感のあるアレンジの楽曲を破綻なく演奏しているあたり、ほかの3人もそれに引けを取らない高度なテクニックの持ち主たちなのは間違いない。ギター以外の3人は、ジェフ・ベック研究で知られる大槻啓之のトリビュート・プロジェクトにも参加していたようだが、ワーキング・ユニットとしての活動にも期待できそうだ。芹田ジュナのベースはサウンド、テクニックともに、音大で師事した櫻井哲夫のスタイルをよく受け継いでいるのはソロを聴けば明らかだが、③や⑨のソロにはそれとはまた違った独自のセンスが感じられる。④や⑦、⑩のリズムのキメなどにカシオペアっぽさが見え隠れするのは彼女のテイストだろうか。(坂本信)

◎作品情報
『Goddess of Victory』
Muses
ポッピンレコード/DDCZ-2299
発売中 ¥3,300 全10曲

参加ミュージシャン
【芹田ジュナ(b)】Rie a.k.a. Suzaku(g)、佐藤奏(d)、深井麻梨恵(k)

『Journey』SPECIAL OTHERS

“喜哀楽”を感じさせるエモーショナルなサウンド

 2023年に入り1月〜9月の毎月25日に9ヵ月連続で音源をリリースし、満を持して発表された9枚目のアルバム。いつもどおりの肩の力の抜けたオーガニックなジャム・サウンドは、身を委ねるに充分の安心感だ。軽快なイントロで幕開けを彩る①や、哀愁という言葉がピッタリの③、どこかオリエンタルな雰囲気の漂う⑨など、本作から強く感じるのは喜怒哀楽から怒を抜いた“喜哀楽”という感情。心に響くエモーショナルな音が満載の一作となっている。また、ベースはウワモノ楽器をうまく支えつつ、小気味良いプレイで曲をスウィングさせる。曲によって使われるアップライトの低音も心地よい。4人がうまく押し引き、ときに絡み合いお互いを高め合うバンド・アンサンブルや、人力による心地よいグルーヴ感、生楽器の温かみのあるサウンドなど、彼らの楽曲からは、“人とともに楽器を弾き、音を作り上げる楽しさ”が存分に感じられる。そしてそれは彼らが一番、自分たちの演奏を楽しんでいるからにほかならないだろう。(辻井恵)

◎作品情報
『Journey』
SPECIAL OTHERS

スピードスター/VICL-65800(通常盤) 
発売中 ¥3,300 全10曲

参加ミュージシャン
【又吉“SEGUN”優也 (b)】柳下“DAYO”武史 (g)、芹澤“REMI”優真 (k)、宮原“TOYIN”良太 (d)

『M.R.I_ミライ』かつしかトリオ

日本のフュージョンの歴史に新たに刻まれる待望のファースト・アルバム!

 日本を代表するフュージョン・バンドのカシオペアでかつて同じ釜の飯を食った神保彰、向谷実、そして櫻井哲夫の3人がほぼ四半世紀ぶりに顔を合わせ、かつしかトリオとしてライヴを敢行してファンを歓喜させたのが2年前の2021年。昨年にはバンド名を冠した3曲入りシングルが配信されて好セールスも記録。そのかつしかトリオがついにフル・アルバムを送り込んで来た。コロナ禍の最中に新たに会得したという神保のドラムン・ベース的なリズム・フィールが①から飛び出せば、初期カシオペアを彷彿とさせる②では、櫻井のハイ・ポジション・フレーズからスラッピングまで多彩なソロが炸裂。シャッフル・ビートが体を揺さぶる③では、中間部でまたしても超絶なベース・ソロが待ち受けているし、④でのラテン・グルーヴもご機嫌だ。また、⑥でのミュート加減が絶妙なフックになっているバッキングや、シンプルながらも⑦での安定したウォーキング・ベースなども聴き逃せない。そして、個人的に最もおもしろかったのが⑧。ウェザー・リポート時代のジャコ・パストリアスのナンバー「Teen Town」を意識して作られたのは明らかで、ベースと向谷のキーボードのユニゾン・テーマには思わずニヤリとしてしまった。そのうえ、短いながらも高速スラッピングの合間にライトハンド・タッピングが挟み込まれるベース・ソロにも引き込まれる!(石沢功治)

◎作品情報
『M.R.I_ミライ』
かつしかトリオ
ヤマハミュージックコミュケーションズ/YCCS-10118
発売中 ¥3,300 全10曲

参加ミュージシャン
【櫻井哲夫(b)】神保彰(d)、向谷実(k)

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