NOTES

2023年6月にリリースされたアルバムから、注目作品のディスク・レビューを公開。

『オムニコード・リアル・ブック』ミシェル・ンデゲオチェロ

オムニコードに触発され生まれた新たな最高傑作

 コロナ禍にPCから離れ、音楽教育用に作られた楽器オムニコードを使って作曲をしたことがきっかけで生まれたアルバム。自分なりのリアル・ブック(≒スタンダード集)を目指し、ミシェルは手癖的な部分も含めた自分らしい旋律とシンプルな構造を持つ楽曲を書き、それを現代のジャズ・シーン屈指の名手たちの手を借り発展させアルバムを完成させた。オムニコードに付属している機能を使った簡素なリズム・マシーン的なビートから複雑なアフロ・ビートまでさまざまなタイプのリズムを使った楽曲が収められているが、そこにミシェルの声とベースが鳴っていること、そして、すべての楽曲の旋律から強烈にミシェルのシグネイチャーが聴こえてくることで揺るぎない独自性が生まれている。①⑤のようなリズム・マシーン的なビートの楽曲でミシェルのベースが加わると一気にウネりが生まれ、曲が生々しく躍動し始めるさまが圧巻で、楽曲に寄り添っているだけなはずが豪華ゲストの演奏を差し置いて主役になってしまうミシェルの凄みに脱帽する。(柳樂光隆)

◎作品情報
『オムニコード・リアル・ブック』
ミシェル・ンデゲオチェロ
ユニバーサル/UCCQ-1187
発売中 ¥2,860 全18曲

参加ミュージシャン
【ミシェル・ンデゲオチェロ (vo,k,b,e-harp)】ジョシュ・ジョンソン (sax,vo)、クリス・ブルース (g,b,vo)、エイブ・ラウンズ (d, perc,vo)、ジェビン・ブルー二 (p,k,vo)、他

『In Times New Roman…』Queens of the Stone Age

ユニークなサウンドを支える手堅いベース・プレイ

 リフで聴かせるブギを軸にしているところはストーナー・ロックを出自に持つ彼らならでは。しかし、名実ともにロック・シーンを代表するバンドという地位を確かなものにできたのは、ポップな味付けも使いながら、それだけにとどまらない魅力をアピールしたからだ。6年ぶりとなるこの8thアルバムでもアシッド・ロック、ガレージ・サウンドも交えながら、ゴシックやラテン・フォークロアというスパイスをふりかけ、絶妙な“味変”を楽しませる。そのなかで楽曲の骨格を担う役割に徹しているマイケル・シューマンのベース・プレイが頼もしい。曲によってはファンキーなグルーヴを演奏に加えるリフや、抜ける音色で奏でるメロディアスなフレーズも閃かせるが、前述した意味で聴きどころと言えるのは、やはりジョシュ・ホーミとトロイ・ヴァン・リューウェンが絡ませるフリーキーなギター・プレイの間から太いベース・リフが浮かび上がってくる瞬間だろう。ギター・リフとユニゾンしていると思わせ、アクセントを付けるように加える短いパッセージにもハッとさせられる。(山口智男)

◎作品情報
『In Times New Roman…』
Queens of the Stone Age
Matador/OLE1947CDJP
発売中 ¥2,860 全10曲

参加ミュージシャン
【マイケル・シューマン(b)】ジョシュア・ホーミ(vo,g,p)、トロイ・ヴァン・リューウェン(g,k)、ディーン・フェルティタ(k,g)、ジョン・セオドア(d)

『ブリッジズ』スティーヴ・ルカサー

TOTOの音楽性を引き継いだソロ・アルバム

 TOTOのギタリスト、スティーヴ・ルカサーの8枚目のソロ・アルバム。大半の曲をTOTOのメンバーのデイヴィッド・ペイチ(k)とジョセフ・ウィリアムス(vo)とともに書き上げたというこの作品は、TOTOに近い雰囲気の全篇ヴォーカル入りのアルバムに仕上がっているのが特徴だ。ベーシストは複数参加しており、スティーヴの息子のトレヴ・ルカサーがメロディアスで動きの多いベース・ラインを披露した①に始まり、リーランド・スカラーがボトムの効いたサウンドでプレイしたグルーヴィな②、メロウなプレイがグッと来るバラードの④、ベースが軸になったZZトップmeetsスティーリー・ダン風の⑦は聴きごたえ十分。さらに元ガヴァメント・ミュールのヨルゲン・カールソンが味わい深いプレイを展開したスロー・ブルース系の⑥と切ないムードの⑧のほかに、スティーヴ自身も繊細なナンバーの③とビートの効いたハードロック・チューンの⑤でベースをプレイしている。スティーヴのギターを含め、洗練されたプレイが楽しめるアルバムだ。(Jun Kawai)

◎作品情報
『ブリッジズ』
スティーヴ・ルカサー
ソニー/SICX-30178
発売中 ¥2,640 全8曲

参加ミュージシャン
スティーヴ・ルカサー(g,vo,b)トレヴ・ルカサー/リーランド・スカラー/ヨルゲン・カールソン(b)】、ジョセフ・ウィリアムス(k,perc)、デヴィッド・ぺイチ(k)、サイモン・フィリップス(d)、他

『REARRANGE THE BACK HORN』THE BACK HORN

25年の歳月と斬新な楽曲解釈によって蘇る名曲の数々

 結成25周年記念の新作は、アコースティックを軸にさまざまなジャンルを取り入れたリアレンジ・ベスト・アルバム。溢れる感情をストレートに歌とサウンドに叩きつけてきたバンドが、別ベクトルから楽曲に新たな息吹をもたらす。②のリズム変化の緩急でメロディの躍動を見せていく様相や、⑤の悲壮感と退廃的な美しさの共存、⑥のシタールの響きとともに異国情緒溢れる孤高感といった、25年の活動によって大きくなったバンドの懐をしっかり見せてくれる。小気味よいリズムで現代的ポップスに生まれ変わった⑪は、洗練された印象を与えながらも、後半の展開など一筋縄でいかないバンドの強い個性を感じ、歌とリズムの狭間を縫っていくベース・ラインも印象的だ。全体的に各楽器の間合いを探り合うアンサンブルのなかでの、寄り添いながらも自己主張をしていくベースは心地良く、ウッド・ベース・ライクなアコベの音色が力強いメロディ・ラインを際立たせる⑩など、聴きどころは多い。斬新な楽曲解釈が新たな魅力となり、随所からバンドの音楽探究心を感じ取れる意欲作。(冬将軍)

◎作品情報
『REARRANGE THE BACK HORN』
THE BACK HORN
SPEEDSTAR/VICL-65824(通常盤)
発売中 ¥3,300 全13曲

参加ミュージシャン
【岡峰光舟(b)】山田将司(vo)、菅波栄純(g)、松田晋二(d)

『沈香学』ずっと真夜中でいいのに。

ポップ・ミュージックにおけるテクニカル・ベースの革新的方法論を提示

 作詞作曲、ヴォーカリストを務めるACAねが、Apple Musicで公開した“New Year Starters 2021”と題した作業用プレイリストには、冒頭のジャコ・パストリアス「Donna Lee」に始まり、エイフェックス・ツイン、ディアンジェロ、ヴルフペック、シェリル・リンなど、新旧の多彩なジャンルからのグルーヴ名演に溢れていたことが印象的だった。フル・アルバムとしては2年半ぶり3枚目となる本作は、そんなACAねのリズム/グルーヴへの意識が過去作以上に表出した、まさしく“リズム名盤”と呼べる一作に。11曲でベーシストを務めるのは二家本亮介。ベース・ラインは、全曲に共同編曲者として入っている100回嘔吐の叩き台をもとに録音現場でのブラッシュアップを経て構築されるようだが、ここまでテクニカルなベース・プレイが前に出た作品がこれほどのポピュラリティ(ライヴはアリーナ・クラスだ)を得ている事実は本誌読者を勇気づけるものであるし、トラック・ミュージック全盛の現代において世界的に見ても稀有なことだろう。そして、ジャコからの多大な影響を公言する二家本らしい“リード・ベース”的なアプローチが成立するのは、ボカロ以降のドラスティックで情報密度の濃い編曲と、強力なバック演奏にも決して負けないACAねの“声”の絶対的な強さによるところが大きいはず。作詞曲と歌唱の天才が、楽器の英才たちが持つグルーヴを最大限に引き出す方法論を獲得した記念碑的作品。(辻本秀太郎)

◎作品情報
『沈香学』
ずっと真夜中でいいのに。
EMI/UPCH-20651(通常盤)
発売中 ¥3,300 全13曲

参加ミュージシャン
【二家本亮介(b)、安達貴史(b)】ACAね(vo,g)、岸田勇気/村山☆潤(p)、100回嘔吐(p,k,g)、菰口雄矢/佐々木 ”コジロー” 貴之/設楽博臣(g)、神谷洵平/河村吉宏/伊吹文裕/佐治宣英(d)、他

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