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    ナタリー・バーグマンのベーシスト、ニック・モヴションに注目!【鳥居真道の“新譜とリズムのはなし”】第4回

    • Text:Masamichi Torii
    • Illustration:Tako Yamamoto

    トリプルファイヤーの鳥居真道が、世界中のニューリリースのなかからリズムや低音が際立つ楽曲をセレクトし、その魅力を独自の視点で分析する連載「新譜とリズムのはなし」。今回も、直近2ヵ月でリリースされた注目の5曲を紹介していきます。(編集部)

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    第4回

    目次

    ① Natalie Bergman – Gunslinger

    ② strongboi – special

    ③ Pachyman – Calor Ahora

    ④ Saundra Williams – Bigger

    ⑤ Pearl Charles – City Lights

    ① Natalie Bergman – Gunslinger

    ベーシスト、ニック・モヴションに注目

    シカゴ出身のシンガーソングライター、ナタリー・バーグマンの4年ぶり、2枚目のアルバム『My Home Is Not in This World』からの先行カットです。メンフィス産のサザン・ソウルとナッシュビル産のカントリーが出会ったかのようなご機嫌な一曲です。色褪せたフィルムのように古風なサウンドがバーグマンの作風だといえます。

    ぶりぶりしたトーンで縦横無尽に動き回るファンキーなベースをニック・モヴションが弾いています。“Daptone”、“Dunham”、“Truth and Soul”、“Big Crown”のようなニューヨークのインディ・レーベル周辺の仕事で知られるベーシストです。さらに、マーク・ロンソンやブラック・キーズのダン・オーバック、レオン・ミシェルズといったプロデューサーから信頼されており、知名度以上に重要なベーシストだといえます。私はアーロン・フレイザー『Introducing…』(2021年)でモヴションのプレイを聴いて大ファンになったクチです。

    「Gunslinger」を聴いてわかるように、ドナルド・ダック・ダン、トミー・コグビル、デヴィッド・フッドというサザン・ソウルの低音三英傑とデトロイトの横綱、ジェームス・ジェマーソンのいいとこ取りをしたようなプレイスタイルがモヴションの特徴です。つまり最強なのです。

    ② strongboi – special

    グルーヴの流れを進めたり留めたりすること。
    それがベーシストの役割。

    strongboiは、南アフリカ出身でドイツ在住のシンガーソングライター、アリス・フィービー・ルーと彼女のバンドの鍵盤奏者、ジヴ・ヤミン(Ziv Yamin)によるサイドプロジェクトです。

    「special」は、70年代のSSW的なバイブが漂う曲です。荒井由実「たぶんあなたはむかえにこない」を連想しました。あるいは、初期山下達郎の小粋なポップスといった趣も感じます。ヘッドアレンジっぽい自発的な演奏と、少しハネたハーフタイムのグルーヴにうっとりします。

    ベースを弾いているのはやはりルーのバンドのベーシスト、デケル・アディン(Dekel Adin)です。ギターや鍵盤などのウワモノのためにスペースを空けつつ、オカズを入れるところは入れるという的確なプレイを披露しています。音価とタイミングのコントロールが見事です。グルーヴの流れを押したり引いたり、進めたり留めたりすること。それがベーシストの役割です。このプレイはそれを体現しています。

    ③ Pachyman – Calor Ahora

    宅録ダブ職人が送る、軽やかに鳴るレゲエ・ベース

    プエルトリコ出身でロサンゼルス在住の宅録ダブ職人、パチーマンの最新作『Another Place』からの一曲です。作詞作曲から演奏、歌唱、ダブ処理まですべてひとりでこなしています。パチーマンは最初に取り上げたナタリー・バーグマンのリミックスも手がけています。「Paint the Rain (Pachyman Remix)」です。

    パチーマンが取り組むのは、必ずしもオーセンティックなダブというわけではありません。作を重ねるごとにクラウトロックやニューウェイヴ、あるいはステレオラブを好んでいそうな雰囲気が徐々に明らかになっています。「Calor Ahora」もバレアリック的なバイブが漂っています。主役はベースのリフです。まさしくレゲエ調のベース・ラインですが、飲み口が軽やかです。本場のダブに比べると低域が強調されていないからかもしれません。

    ④ Saundra Williams – Bigger

    “べース、こうなってんの? かわいい!”

    サンドラ・ウィリアムズが、元アポロ・サンシャインのサム・コーエンとコラボレーションしたアルバム『New Day』からの一曲。ウィリアムズは、シャロン・ジョーンズ&​​ザ・ダップキングスのコーラス隊、ザ・ダペッツの一員で、コーラス隊の相方、スター・ダンカン=ローとソーン・アンド・スター名義で“Daptone”からアルバムを出しています。

    「Bigger」の終盤、“べース、こうなってんの? かわいい!”というウィリアムズの声が入っています。レコーディング中に漏らしたひと言が使われているのでしょう。このセリフが表わしているように「Bigger」のオケの主役はベースだといえます。スローなハーフタイム・ビートとともに、コーエン本人が演奏するベースは、ファンキーかつヒプノティック、そしてサイケデリックな味わいがあります。ダブル・ストップ奏法も粋です。

    ⑤ Pearl Charles – City Lights

    70年代ディスコのグルーヴを見事に再現

    ロサンゼルスのSSW、パール・チャールズの4年ぶり、3枚目のアルバム『Desert Queen』からの一曲です。アルバムそのものはサブスクで配信されていません。Bandcampなどで販売中です。こちらの「City Lights」はシングルとして配信されています。70年代のディスコがうまいこと再現された曲です。ポール・トーマス・アンダーソン監督作品『ブギーナイツ』のサントラに入っていても違和感はありません。

    「City Lights」がホット・チョコレートの「You Sexy Thing」を下敷きにしているのは明らかです。シックが登場する以前のいなたいディスコ・ソングといった趣があります。ベースを弾いている人物は不明ですが、ひょっとするとチャールズのパートナー、マイケル・ロールトなのかもしれない。ロールトもまた70年代の音楽への偏愛を隠さないミュージシャンで、“Daptone”からアルバムをリリースしています。

    ヴァース部分では、キックの四つ打ちに対して、ベースがWAR「Me And My Brother」やチャールズ・ライト&ワッツ・103rd・ストリート・リズム・バンド「Do Your Thing」に見られるようないかにも70年代的なリズム・パターンを演奏しています。2拍目、前半のバックビートは休符にして緊張を高め、4拍目、後半のバックビートでは音価の長い音符を置き、高めた緊張を解放するというアプローチを取っています。フロアを揺らすためには、このように緊張と脱力の匙加減でメリハリをつけるのが効果的です。

    ◎Profile
    とりい・まさみち●1987年生まれ。 “高田馬場のジョイ・ディヴィジョン”、“だらしない54-71”などの異名を持つ4人組ロック・バンド、トリプルファイヤーのギタリスト。現在までに5枚のオリジナル・アルバムを発表しており、鳥居は多くの楽曲の作曲も手掛ける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライヴへの参加および楽曲提供、音楽関係の文筆業、選曲家としての活動も行なっている。最新作は、2024年夏に7年ぶりにリリースしたアルバム『EXTRA』。また2021年から2024年にかけて、本誌の連載『全米ヒットの低音事情』の執筆を担当していた。
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