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【映画『敵』】千葉広樹 × 吉田大八監督が語る「映画と低音の関係」<インタビュー前篇>
- Interview:Shutaro Tsujimoto (Bass Magazine Web)
- Photo:Takashi Yashima
第37回東京国際映画祭で3冠に輝き注目を集める映画『敵』が、2025年1月17日に公開された。日本文学界最後の巨人・筒井康隆による老人文学の傑作を原作に、俳優歴 50 年を迎えた長塚京三が12 年ぶりに映画主演を務めた本作。『桐島、部活やめるってよ』、『騙し絵の牙』の吉田大八監督が劇伴を託したのは、コントラバスと電子音によるサウンドスケープを奏でる音楽家で、優河 with 魔法バンド、蓮沼執太フィルでも活躍するベーシストの千葉広樹だ。
ベース・マガジンWEBは特別対談として、『敵』の劇伴制作の裏側や「映画における低音」をテーマに、ふたりに存分に語ってもらった。趣味でベースを弾くほどに無類の音楽好きで、“音楽録音のために映画を作っている”とも公言する吉田大八監督と、今回初めて映画の劇伴を手がけ、“ひとつの夢が叶った”と語る千葉広樹。ひたりの対談を通して、音楽と映像の深い結びつきと、その創作の秘密に迫る。
映画『敵』
1月17日(金)よりテアトル新宿ほか全国公開中

宣伝・配給:ハピネットファントム・スタジオ/ギークピクチュアズ
監督/脚本:吉田大八
原作:筒井康隆『敵』(新潮文庫刊)
キャスト:長塚京三、瀧内公美、黒沢あすか、河合優実、松尾 諭、松尾貴史
音楽:千葉広樹
公式HP X
これは“大きな古い家”の映画でもあるから、
音域的にも低いところを狙うべきんじゃないかと。
━━吉田大八
──吉田監督は『敵』の劇伴をどのように構想していったのでしょう?
吉田:本来は、撮影前に誰に音楽をお願いするかを決めて、その人とやり取りをしながら撮影を進めるべきなんです。ただ今回の『敵』では、撮影時点でどういう音楽になるかのイメージがまったくなかった。いつもだったら、遅くとも映像の編集作業の序盤ぐらいでは音楽のイメージを固めて音楽プロデューサーに相談を始めることが多いんですけど、今回はその段階になっても見えていなくて。編集を進めながらありものの音楽を映像に当てながら、“どういうのが合うかな?”、“そもそも音楽をつけられるのかな?”とひたすら模索していました。
──その段階ではどういった音楽を試していたんですか?
吉田:ノイズやエレクトロニック、アンビエントのような抽象的な音楽からクラシック音楽まで、いろいろ試しました。でも、どれもすごく音楽が映像に対して“作為的”だと感じてしまって。それでいよいよ編集が終わりそうな頃、濱野睦美さん(『敵』の音楽プロデューサー)にSOSを出したら、濱野さんが一生懸命、参考になりそうな音源を探して送ってくれました。
──それで千葉さんの音楽に辿り着くんですね。
吉田:はい、そのなかに千葉さんの音源があったんです。編集の最終段階でいろんな音を試してみるうちに、彼の音楽が”この映画の目指すところに一番合うかもしれない”と思いました。それで、かなりタイトなスケジュールではありましたが、オファーをさせてもらいました。
千葉:お話をもらったのが、確か2023年の6月中旬で、制作したのが7月とかですよね?
吉田:最初にお声がけをしたタイミングから、10日で4曲も送ってくださって。実はそのときに送ってもらったものから、最終バージョンまで、原型としてはそこまで変わっていないんですよ。僕としては“命拾いした”という感じです。ベーマガだからそういう話を無理にするわけじゃ全然ないんですけど、やっぱり千葉さんがコントラバスを弾けるベーシストだっていうことは大きくて。
千葉:監督もベーシストですよね?(笑)
吉田:いやいや、僕はもう最近は全然ベースを弾けてないんですけど(笑)。なんて言うんだろう。やっぱりモノクロで、古い日本家屋でっていう今回の映画では、やっぱりノイズや電子的な音がどうしても作為的に感じられてしまう。そんななか、“木”の感じが重要だったんだと思います。木造の家の軋みや建具の音と、チェロとかコントラバスとかは響き合うんじゃないかと。それから、これは陰影に富んだ“大きな古い家”の映画でもあるから、音域的にも低いところを狙うべきなんじゃないかと。そう思って千葉さんの音楽を映像に当ててみたら、初めて自分のなかでもマッチする感じがしたんです。そこで、やっと方向性が見えてきた。

よしだ・だいはち●1963 年生まれ、鹿児島県出身。高校時代にベースを手にして音楽にのめり込むが、上京したのちに観た映画『爆裂都市 BURST CITY』に影響されて映画に興味を持ち始める。数本の短編を経て、2007 年に『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』で長編映画デビュー。第 60 回カンヌ国際映画祭批評家週間部門に招待された。『桐島、部活やめるってよ』(2012年)で第 36 回日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞受賞。『紙の月』(14)は第 27 回東京国際映画祭観客賞、最優秀女優賞受賞。『羊の木』(18)で第 22 回釜山国際映画祭キム・ジソク賞受賞。その他の作品に、『クヒオ大佐』(09)、『パーマネント野ばら』(10)、『美しい星』(17)、『騙し絵の牙』(21)がある。舞台に「ぬるい毒」(13/脚本・演出)、「クヒオ大佐の妻」(17/作・演出)、ドラマに「離婚なふたり」(19)など。本誌では、2018年から2021年にかけてコラム『映画監督吉田大八の低音懺悔録 ベーシストになれなかった男』を執筆していた。
コロナ禍に入ってから、
4年間で100曲以上作ったと思います。
━━千葉広樹
──千葉さんは映画の劇伴を手がけるのは今回が初ですよね。
千葉:初ですね。演劇の音楽は昔けっこうやっていて(※千葉広樹として山本卓率いる“範宙遊泳”の4作品、サンガツとして岡田利規率いる“チェルフィッチュ”の3作品を手がけている)、バンド(サンガツ、優河 with 魔法バンド、蓮沼執太フィル)で映画やNHKのドラマの音楽をやったことはあったんですけど。だから今回はお話をいただいた時点でもう本当に恐縮で。吉田監督の作品も何本か拝見していましたし、僕はもともと映画が大好きなんですよ。なので作業も楽しすぎて、どんどん曲ができていきました。
吉田:千葉さんが楽しんでやってくださってるっていうのは、僕も感じていて。それにはすごく救われました。“こんなスケジュールではできないよ!”と言われてもおかしくないような頼み方をしてますから。反省していますけど……。
千葉:いやいや全然です。ずっと夢だったんですよ、映画音楽を作ることは。今回の制作中は、常に“早く家に帰って映画の作業したい!”ぐらいの感じでしたから(笑)。
──作曲を進めるにあたって、先ほど監督が言っていた“木の感じ”、“重心の低い音楽”といったキーワードは伝えられていたんですか?
千葉:最初にそういった話を聞かせてもらって、“チェロを主体に”と思って作っていきました。チェロって確か、人間の男性の声に一番近い楽器だと言われていて。そういう意味でも、マッチしたんじゃないかと思っています。すみません、ベーマガなのに(笑)。
──いえいえ(笑)。でも実際、今回の劇伴はストリングスのアレンジができて、ベーシストで、電子楽器にも長けている千葉さんだからこそ作れる音楽になっていますよね。
千葉:音楽のキャリアとしてはヴァイオリンが最初で、そのあとがシンセサイザー、最後がベースなんです。だから、シンセや電子音も僕のなかではアコースティック楽器と同じ概念として考えています。例えば今回作ったドローン的なトラックや攻撃的なノイズも、なるべくモジュラー・シンセで弦楽器っぽい音を再現しようとしています。弦楽器とシンセを同等に扱いながら作っていった感覚です。
吉田:おっしゃるように、本当に境目が馴染んでいった感じがありますよね。一緒に作り上げていくうちに、どんどんそうなっていくのは僕も感じていました。“ウワモノとそれ以外”って感じで分離せず、全部が溶け合っていて、それが映像の雰囲気にものすごくマッチしたって思いましたね。

ちば・ひろき●1981年生まれ、岩手県出身。ベーシスト/作曲家。コントラバスと電子音によるサウンドスケープを奏でる音楽家。Riddim Saunterなどのバンド活動を経て2004年よりジャズ・ベーシストとして活動を始める。2008年に初のソロ作品『Hiroki Chiba+Saidrum』を発表し、これまでにベースと電子音によるソロ・アルバムを4枚リリースしている。2016年にはKinetic名義によるビート・アルバム『db』をリリース。2019 年には”ミナ・ペルホネン”のファッションショーの音楽を手がけたほか、美術家の小金沢健人や雨宮庸介とのコラボレーションも行なった。優河 with 魔法バンド、蓮沼執太フィル、サンガツ、スガダイロートリオ、王睘 土竟、Isolation Music Trioなどで活動するほか、これまでに矢野顕子、LOVE PSYCHEDELICO、サム・ウィルクス、大友良英、mouse on the keys、haruka nakamura、阿部芙蓉美、ジム・オルーク、石橋英子、口ロロなど、さまざまなアーティストと共演。また、cero、Beatniks (鈴木慶一、高橋幸宏)、YUKI、吉澤嘉代子、畠山美由紀、王舟、小野リサ、寺尾紗穂、関取花、前野健太、VIDEOTAPE MUSIC、Kie Katagi(Jizue)、三浦透子、坂本美雨、坂本真綾、arauchi yu(cero)、UA、岡田拓郎、吉田省念、渡邊琢磨など、多数のレコーディングに参加している。
──監督は、どういう風に劇伴のディレクションをしていきましたか?
吉田:映像の編集がすでに終わっていたこともあって、“ここからはこういう展開がほしい”とか、 “ここにはこんな音がほしい”とか、けっこう具体的なお願いをさせてもらいました。初めてご一緒するにしては、非常に細かいところにいきなり入っちゃうみたいな感じがあったと思います。もしかしたら、戸惑われたんじゃないかなって。
千葉:いやいや、もう監督の音楽に対するディレクションが的確すぎて、僕としてはすごくやりやすかったです。
吉田:ありがとうございます。そう言われたいがために映画を作ってるので(笑)。
一同:(笑)
吉田:それは“映像があるから”なんです。僕は音楽を評価したり、 音楽自体について千葉さんに何かを言える資格はないんですけど、“ここに自分が編集した映像がある”っていう前提があれば、けっこう思い切ったことが言えるんですよ。なぜなら、“あと3秒でこの女性は立ち上がる”とか、“このセリフのあと、沈黙が続く”ということがわかっていて、それを映画全体のスケールで設計して把握しているのが、まずは自分しかいない。本当は、音楽について音楽家にお願いをしながら“どの口が言ってるんだ?”って思ってますけどね。でも、そんな恥ずかしさをはるかに超える喜びではあるんです。“自分が音楽作りに参加できてる”唯一の機会ですから。
千葉:でも基本的には、僕は自由に作らせてもらったと思っているんですよ。実はコロナ禍に入ってから、4年間でものすごい数の曲を作ったんです。とにかくずっと作曲をしていて、100曲以上作ったと思います。今回はそのスキルが生かされたというか、鳴らしたいものをシンセでも弦楽器でちゃんと表現できるようになっていたと思うんですよね。監督からのリクエストに対応するときも、その経験がすごく生きていた気がします。
吉田:コロナ禍で修行されてたんですね。

千葉広樹
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──先ほど監督は、“音楽が作為的になるのを避けようとしていた”と話していましたが、そのために意識したことはありますか?
吉田:当然あとでつける音楽ですから、その時点で“作為”がないわけじゃないんですけど。それが先行しちゃうタイプの音楽の付け方や作り方というのはあると思っていて。
──“観客をこういう感情にさせるために、こういう音楽を流そう”という作為ですよね。
吉田:そうですね。例えば、無調のノイズを映像に当てたとして。でもこれは現場では本来鳴っていない音だから、“ここでアブストラクトな音を流すということは、こういう見方を提示しているんだな”って、観る人によっては冷めちゃうかもしれない。できれば音楽をつけるなら、そのシーンを豊かに膨らませたいわけで。作り手の“作為”みたいなものは簡単に見透かされちゃうというか。僕は当初、ノイズだったりアンビエントのような音楽って、映像に寄り添いやすい音楽なのだろうと思っていたんですけど、意外とそうではないっていうのは今回すごく発見でしたね。
──なるほど。
吉田:やっぱり映像自体に強い作為があるわけじゃないですか? 撮影されて、編集されて、という過程があって、しかも特に今回はモノクロの映像ですから。 だからその“作為”を感じさせないようにするには、そこにうまく中和するような“別の作為”を合わせることで、無作為を装えるようにする必要があるというか。それはもう化学反応というか、奇跡を期待するしかないので、その部分で僕のなかで試行錯誤している時間が今回は長かったですね。最終的には、僕の作為と千葉さんの作為がうまく合った結果、すごく自然に調和したものができたんじゃないかと思います。
千葉:そうですね。監督の過去作も拝見してきましたけど、今のお話は腑に落ちます。監督がそこにすごく気を遣われているっていうのは、自分でも何となく感じていた気がします。
吉田:これは過去の取材でも言っているので“またか”と思われるのを承知で言いますけど……僕には、音楽録音がしたいがために映画を作っているようなところがあって(笑)。音楽録音をしてるときがすべての作業のなかで一番楽しいんです。なんて言うか、本当の意味でクリエイティブなものに触れている気持ちになれるんですよね。だから“どの作家の方に音楽をお願いするか”っていうのが僕にとっては大事すぎて、いつも悩みすぎちゃうんです(笑)。
▼後篇(会員限定記事)に続く▼
『敵』劇伴の作曲プロセスと、
“映画と低音”の関係(5,300文字)
Information
映画『敵』
1月17日(金)よりテアトル新宿ほか全国公開中

宣伝・配給:ハピネットファントム・スタジオ/ギークピクチュアズ
監督/脚本:吉田大八
原作:筒井康隆『敵』(新潮文庫刊)
キャスト:長塚京三、瀧内公美、黒沢あすか、河合優実、松尾 諭、松尾貴史
音楽:千葉広樹
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