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ハイエイタス・カイヨーテのポール・ベンダーが語る『Love Heart Cheat Code』:拡張するベーシストとしての役割
- Interview:Mitsutaka Nagira
- Translation:Tommy Morley
- Photo:Andrea Friedrich/Redferns
今年6月にリリースされた新作アルバム『Love Heart Cheat Code』を引っ提げ、8年ぶりとなる単独公演を行なうハイエイタス・カイヨーテ(10月30日(水):豊洲PIT、11月1日(金):大阪城音楽堂)。ここでは彼らの来日を記念して、今年の新作リリース時にベーシストのポール・ベンダーに行なったインタビューをWEBでも掲載する。
前作『Mood Valiant』から3年。ハイエイタス・カイヨーテは実験的だった前作から、さらに踏み込んだ『Love Heart Cheat Code』を発表した。全員でスタジオに入り、創造力が赴くままにあらゆる手段を駆使して、自らが求める音色や響きを創出したことで、新作はこれまでで最もディープかつ豊かなサウンドに溢れたものになった。そのなかでベーシストのポール・ベンダーの存在感には特筆すべきものがあった。エフェクターをはじめ機材にも詳しい彼はリズム面だけでなく、新作の要でもある音作りにも多大な貢献をしている。ソロだけでなくスウィート・イナフズ名義での活動で音色や手触りへのこだわりを追求している彼だからこそのサウンドが新作には不可欠だったのだ。ここではポール・ベンダーにハイエイタス・カイヨーテの新作についてたっぷり話を聞いた。ベーシストとしての役割の拡張という部分でも興味深い話が詰まっている。
グルーヴって究極的にはフィジカルなものだし、身体がある特定の動きをすることで簡単に作り出せるものなんだ。
──『Love Heart Cheat Code』の音楽面でのコンセプトを聞かせてください。
俺らのアルバムすべてに言えることだけど、音楽的なコンセプトをあらかじめ設けたことってないんだ。純粋に曲を作り続け、ある時点でそれらをまとめている。でもおもしろいのは曲の集団をまとめるとおのずと何かが生まれてきて、それこそがアルバムを作るうえで美しいことでもあるんだ。
これは映画を作るのとは異なっていて、映画ってどうしても全体的な内容を知らなくてはならないだろう? でもアルバムを作るとなると、その全体像がどうなるかを知らなくったってかまわないんだ。チャプター同士がつながっていなくちゃならないわけじゃないし、出来上がった曲たちを組み合わせていくとそれが何かの意味を持って聴き手に体験をもたらすことができる。作っている最中の俺らが感じていたフィーリングになるんだ。だからアルバムってある意味“ハッピーなアクシデント”の最終産物みたいなところがあって、当時俺らが作っていたものが集まっているっていう感覚だね。
──今作の制作中に遭遇した“ハッピーなアクシデント”の代表例を教えてください。
アルバムそのものが“ハッピーなアクシデント”と言えるけど、最もクレイジーなヤツでいうと最終曲のジェファーソン・エアプレインのカバーの「White Rabbit」で、これはかなりランダムな実験からうまくいったような感じだよ。オムニコードにはショボいちょっとしたドラム・マシンが内蔵されていて、これをEarth Quaker Devicesのかなり強烈なディストーション・ペダルにつなげたんだ。
社交ダンスみたいなリズムにかなり凶暴なディストーションを加えてみたら、これ以上ないくらいにクレイジーなものに生まれ変わった。ネイ(パーム/vo)と一緒になって“これはかなりワイルドなサウンドだよな”ってなったよ。たった1小節なんだけどブルータルで凶悪なサウンドで、そこから何かが閃くような感覚になった。それがきっかけでネイのなかで何かが始まるような感じでちょっと歌ったらジェファーソン・エアプレインの歌がハマり、こんな最低なノイズの上でこんな風に歌を聴くことなんて誰も想像しなかったと思ったね。本当にちょっとした歪んだサウンドだったものが、俺ら史上最も複雑なプロダクションを施した曲となったんだ。
左から、ポール・ベンダー、ネイ・パーム(vo,g)、サイモン・マーヴィン(k)、ペリン・モス(d)。
──前作『Mood Valiant』と今作とで楽器や機材面における変化はありますか?
いくつかあるかな。俺らは常に新しいオモチャを探すようなところがあって、それらを使って遊んでいるんだ。例えばこのアルバムで俺はチェロをプレイしている。ここ数年チェロを学んできたことで新しいテクニックでプレイできるようになってきた。
前作『Mood Valiant』収録の「Red Room」
チェロとベースっていくらか似たようなところがあって、弦が張られた楽器という点ではほぼ同じだから左手の使い方がほぼそのまま流用できるし、低い音域を扱うっていう意味で近しい楽器だ。それでいて弓を使ったり、高い音域もプレイできるっていうまったく異なるプレイも可能で新たな旅に連れて行ってくれる。おもしろいのは、ベースはエフェクトを使わない限り音は発せられるとただ減衰していくのみだけど、チェロはほぼ聴こえないような音量から始まって大きくなったり小さくなったり、永遠にサステインさせることやヴィブラートを加えることもできるところだ。
──実際にチェロを使ったのはどの曲のどのパートでしょうか?
「White Rabbit」と、「Make Friends」でも使ったね。ほかの曲でもちょっとだけ使ったところがあったと思うけど……。実は『Mood Valiant』の「Rose Water」でもピチカートのような奏法ですでにチェロをプレイしているんだよね。
──リズムに関して、今作の作編曲において特徴的な傾向があれば聞かせてください。
アルバム全体についてそういった傾向があるとは言わないけど、俺たちが常に開拓してきたフィーリングやアイディアの集合体みたいなものは感じるね。「Everything’s Beautiful」は構造、ハーモニー、スタイルの面で考えてもほかの曲たちと比べてシンプルだよ。でもこの曲が持つエッセンス、俺らが表現したいフィーリング、ひいてはテンポやサウンドといったものを然るべき形に落とし込むのは難しかった部分で、3回もレコーディングしたし、実験をし続けたんだ。
俺らはどんなフィーリングにさせたいのかわかっていたけど、それをどういう形で表現すべきなのかがなかなかつかめなかったんだ。ときにはシンプルなものこそチャレンジングだってこともあるし、多くの人たちが俺らに対してイメージを抱くことが多いリズムが激しく切り替わるような曲のほうが簡単なこともあるんだよね。
世界中にはピック弾きを見下したりおかしな論調を持ったベース・プレイヤーたちがいるけど、俺にはもうガキのたわ言のように聞こえる。
──「Everything Is Beautiful」のベース・トーンは、フラット・ワウンド弦を張ったプレベのようなオールドスクールな音と、ロー・エンドがしっかりと出たモダンな音色がブレンドされているようでクールでした。どのように音作りをしましたか?
グレッチのElectromaticっていうホロウ・ボディの4弦ベースを使ったんだ。弦はラウンド・ワウンドだったけどね。俺はホロウ・ボディによるガツンとくる感じや厚みと粘り気のあるサウンドが好きなんだ。そしてこのベースをピックで弾いているんだけど、意図的にピックを選んだわけでもなければサウンド的な選択でもなくて、物理的にピックでプレイしたほうがシックリ来たんだ。腕の振り方も含め、こうやってプレイすべきと感じたんだよね。
──右手はブリッジ・ミュートでしたか?
うん、やっていたと思うしミュートしながらかき鳴らすようなフォームもしていたね。しっかりと刻む感じが欲しくて、やはりピックを使うのがシックリ来た。グルーヴって究極的にはフィジカルなものだし、身体がある特定の動きをすることで簡単に作り出せるものなんだ。
──ピックはどんな厚さのものを使っていますか?
わりと厚みのある1mmくらいのものを使っているね。指かピックのどっちで弾くのかっていろいろな考え方があるけど、これって曲によって決まる気がするね。グレイトなピック弾きのプレイヤーはたくさんいて、ポール・マッカートニーを否定することなんてできないよね?(笑) 世界中にはピック弾きを見下したりおかしな論調を持ったベース・プレイヤーたちがいて“ベースは指で控え目な音量でピッキングしろ!”なんて意見を聞くと、俺にはもうガキのたわ言のように聞こえる。“そんなことを気にしてどうするよ?”って思うし、クールに聴こえるように自分がすべきプレイをしろって話だろう?
──奏法より先に“曲”がまずあると。
俺は知ってのとおりけっこうエフェクトを使うベーシストで、好きなエフェクトはたくさんある。でもそれでいて、まったくエフェクトをかけないような曲だってあるし、それは曲が必要としていないからなんだ。俺が多くのツールを持っているのは、それらを使わなければ曲が適したサウンドにならないからなんだ。『Mood Valiant』の「Chivalry Is Not Dead」ではスラップでプレイしているけど、そもそも俺はほとんどスラップをやってこなかった。
今でもお世辞にでもスラップがうまいとは言えないし自分をスラップのプレイヤーとは思っていないけど、あの曲を作っていたときサビになったところでかなりダーティーで凶暴で不快な感じにさせたくて、エネルギーに満ちたアグレッシブなサウンドにさせたかった。もうスラップするしかないってことでフレーズを練習したよ。まるで曲に“やれ!”って怒鳴りつけられていたような気分だったね(笑)。お陰でなんとかサマになるスラップをあの曲でプレイできた。でももしスラップに関するテクニックをもっと磨けと言われたら、早い段階で俺はお手上げだろう。だって俺は普段スラップをすることはないし、必要なときにだけやるってスタンスだからさ。それはピックやエフェクターを使うことと同じなんだよ。その曲がフレーバーを求めればどういったものにすべきかを考えて実行するのが俺の仕事で、俺がその役目を果たさなければ然るべきフィーリングには辿り着けない。俺はあくまでも楽曲を盛り立て、そのための解決策を考えるんだ。
──「Make Friends」のベース・リフの位相(鳴ってる位置)がおもしろいと思いました。ミックスでは何か特別なことをしましたか?
ベース・ラインはサイモン(マーヴィン/k)によって書かれたもので、キーボードで彼が左手でプレイしたものがもととなっている。右手でコード、左手でベース・ラインという形で持ってきたものが曲の原型で、レコーディングではベースでのプレイに対してキーボードでいくつかのレイヤーを重ねている。ローズやウーリッツァーみたいなエレクトリック・ピアノも入っているし、アップライト・ピアノやキーボードも入っている。だからベース・ラインにはテクスチャーの異なるものが重なっているんだ。
ベースには常に2本くらいキーボードによる何かしらのトラックが重ねられている。ピアノはぺリン(モス/d)のスタジオで録音しているのだけど、そこのピアノはチューニングが若干ずれていて、それがかえってフレーバーをもたらしてくれてイイ感じのサウンドになったんだよね。
──あなたはライヴでシンセ・ベースを弾いたり、エレベでシンベ的なサウンドを再現したりしていますが、そういったサウンドはどのように作っていますか?
これも繰り返しにはなるけど楽曲が欲しているからプレイしているって感じだね。ベース・シンセのペダルってさまざまなものが存在しているし実際使っているものもあるけど、自分の好みに合うペダルにはまだ出会えていないんだ。グッドなオシレーションを起こしたり、アナログ・シンセをエミュレートした良いペダルもあるけど、どういうわけかベース・シンセのペダルってどこか違和感のあるものが多くて、それらを使ってサウンドを作りたいと思えるところまではまだ行っていない。
もちろん“これだ!”と思える一台を見つけてみたいけど、残念ながらその旅はまだ終わりそうにないんだよね。それからキーボード・プレイヤーとして俺については……グレイトじゃないけど、プレイすべきものをプレイする感覚だね。
3音でプレイしているのだけど6音のコードに聴こえて、クールなヴォイシングになる。
──今作でどんなエフェクターをどんなところで使ったのか教えてください。
おもしろいことにライヴで使っているペダルの数ってスタジオでの数に比べて圧倒的に多いんだ。ライヴってスタジオで行なったことを再現する場所でもあり、その一方でスタジオって何でもやりたい放題だからぺダルに限ることなくどんなものでも使えてしまう。だからペダルを使うときは“うん、これで近い感じになるな”ってときもあるし、その一方でレコーディングの時点でペダルによって生み出されたものだってある。
今作でそういった意味でペダルをかなり使った曲は「Love Heart Cheat Code」。この曲で俺はベースらしいプレイではなくて、終始コーダルなプレイをしている。デジテックのWhammy5をハーモナイズ・モードにして、原音に対して完全5度の音を重ねさせている。実際は3音でプレイしているのだけど6音のコードに聴こえて、こうでもしなければ得られないナイスでクールなヴォイシングになるんだ。そしてアイバニーズのTube Screamer(オーバードライブ)によってざらつきのあるサウンドにさせているよ。
Fairfield Circuitry のShallow Waterっていうコーラス・ペダルもお気に入りで、テープによるピッチの揺らぎみたいなクールなサウンドにしてくれるんだ。LFOとは違った機構で作動しているみたいでイレギュラーなサイクルでエフェクトを加えてくれるから、ピッチの変化の仕方がヘンでどことなく調子の悪いテープみたいでグチャっとしたフィーリングになるんだ。この曲は基本的にこれら3台のエフェクトを常にかけっぱなしにしてプレイしているね。
──この曲はサブ・ローがかなり効いていますが、これはベースではないのでしょうか?
違うね。シンセ・ベースも含めてこの曲のシンセはすべてサイモンがプレイしている。ベースっぽく聴こえるパートもサイモンのシンセによるものだ。俺らっておもしろいことにギターっぽく聴こえるパートを俺がプレイしていることもあれば、ベースっぽいパートをサイモンがキーボードでプレイするってことが時折ある。実はサイモンは曲中で幅広いパートをカバーしているんだ。
──今作の録音で使われたベースを教えてください。
いろんなベースを使ったよ。ツアーに出ると俺はアーニーボール・ミュージックマンのBongoを常に使っていて、それは今や6弦が必要な曲をたくさん作ってきたからなんだ。極力1本のベースで多くのことをカバーできるようにと考えるとこのベースなんだよね。モダンなものだけでなくオールドスクールなトーンをプレイすることもできて、オールラウンドな活躍をしてくれるんだ。スタジオでは曲によりけりで選んでいて、贅沢な使い方をしているよ。
ホロウ・ボディのベースもけっこう使い分けているけど、そのなかでもグレッチのElectromaticはメインの一本だね。このベースはダークなサウンドが得られるし、そこがホロウ・ボディの好きなところでもある。「Make Friends」は70年代製のプレシジョン・ベースを使っていて、ほかにもさまざまなものを使ったはずなんだけど……、全部は思い出せないや(笑)。
──アンプについてはどうですか?
アンプもいろいろを使ったね。DIだけで録ったものもあって、それはそれでかなりグッドなサウンドだったんだ。それでいて曲によってはビッグなロー・エンドが欲しくて、アンプを必要とするものもあった。細やかなサウンドが欲しくて小さなアンプを使うこともあって、例えばオーストラリアのGoldentoneっていうブランドのオールドのソリッド・ステートの小さなアンプがあって、これはドライブするサウンドっていうよりも小さなスピーカーから生まれるクールなテクスチャーを与えてくれた。細やかなガツっとくる感じがかなりイケていたよ。
──あなたがサイド・プロジェクトのスウィート・イナフズでやっているような浮遊間のあるサウンドは、『Mood Valiant』以降のハイエイタス・カイヨーテに反映されていると思います。新作でもスウィート・イナフズとも通じる試みをやっていますよね?
確実に影響があるね。俺はスウィート・イナフズにすごく熱心に取り組んでいて、今もかなりの数の曲に取りかかっている。アルバム2枚分くらいの素材が揃っていて、次のアルバムの完成がもうそこまできているって感じ。
ただこのプロジェクトってエキゾチックなフレーバーがあるインストゥルメンタルなプロジェクトで、その大部分がさまざまなカラーを組み合わせてカラフルな宇宙を創ることにあり、感情に訴えかけるユニークで独特なサウンドを作り出すことを目指している。このプロジェクトから俺は本当にたくさん学んでいる気がするね。
音楽を作るときに“このパートではバックグラウンドにウッド・ブロックを鳴らしてみよう。ここではスプリング・リヴァーブを効かせてもいいんじゃないか? ハープシコードも入れようか? キーボードでこんな音を入れてみるのもいいんじゃないかな?”といったアプローチをプロジェクトを問わず常にするようになった気がするよ。バンドの外でも音楽をやることによってより多くを学んでいる気がするし、音楽をまとめる能力がより身に付いている気がするんだ。
──新作でのあなたの演奏や楽器の音色などに関してのインスピレーションがあったら聞かせてください。
影響を与えてくれたものはいくつかあるね。特に「Cinnamon Temple」はライトニング・ボルトにかなりインスパイアされている。まだ彼らを聴いたことがない人がいたら、ぜひ彼らを聴いてみてほしい。ベーシストとドラマーだけなのにあそこまでヘヴィな音楽を俺はほかに聴いたことがないよ。そしてこの曲はもうひとつ、ディアフーフにも影響を受けている。彼らは本当にグレイトだよ。
「Cinnamon Temple」は俺らにとってかなりヘヴィな曲で、俺らのことを知っている人たちからしたらかなり異質な曲に聴こえることだろう。ネオ・ソウルとは無縁の曲だけど、ノイジーなエネルギーをバンドに持ち込むのはクールでおもしろいことだと思ったんだ。
──今挙げられた両バンドでお気に入りのアルバムを選ぶなら?
ディアフーフなら『Milk Man』と『Friend Opportunity』を俺は最も聴いてきたね。彼らは本当にたくさんのアルバムを作ってきたけど、それらのなかでもこの2枚は飛び抜けてたくさん聴いてきた。ライトニング・ボルトなら『Hypermagic Mountain』を選ぶけど、彼らもたくさんのグレイトなアルバムたちを作ってきたさ。これらのバンドならどれを選んだって間違いないはずさ!
◎Profile
ポール・ベンダー●2011年にオーストラリアでハイエイタス・カイヨーテを結成。2013年に1stアルバム『Tawk Tomahawk』、2015年に2ndアルバム『Choose Your Weapon』をリリース。その後、フライング・ロータスが主宰する“Brainfeeder”に移籍し、2021年に3rdアルバム『Mood Valiant』を発表。2024年6月28日、待望の新作アルバム『Love Heart Cheat Code』をリリースした。また今年は8年ぶりの単独公演が10月30日(水)に豊洲PIT、11月1日(金)に大阪城音楽堂で開催される。サイド・プロジェクトとして、サイモン・マーヴィン(k)らとのスウィート・イナフズ(The Sweet Enoughs)名義での作品も発表している。
Instagram HP
※本記事は『ベース・マガジン2024年8月号』のコンテンツをWEB用に再構成したものです。