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    【BM Web版】SLAP THE WORLD――葛城京太郎

    • Interview:Zine Hagihara

    スラップばかりを求められて応えていくなかで、
    表現の幅を広げることに苦しむことになったらつまらない

    ――100点以上の域に到達するのに、RED ORCAの場合は、厚みのあるアンサンブルのなかでスラップで主張をするという自己表現のプレイをしているということなんですね。

     そうですね。これは(金子)ノブアキ(d)さんが“行け!”ということを普段から言ってくれているんです。でも、RED ORCAでプレイし始めてからも“もうスラップはいいかな”って思ったこともあるんです。バズったことで自分がスラップできることなんてみんな知ってくれているわけですし、“何か弾いてくれ”と言われて自らスラップを弾くわけではないんです。スラップをプレイすることでみんなに喜んでもらえるからやっているという感じ。でもよく考えると、そこまでスラップできるヤツなんてそんなにいないし、最近は責任を持ってスラップの腕を磨いてます。

    ――スラップに何か特別な思いがあるということよりも、そういった哲学を経て、自分自身の音楽表現としてスラップをプレイしているんですね。

     はい。ただ、僕もスラップ好きですよ。ただあまりにもやり過ぎてわからなくなりました(笑)。今回はそういうスラップの特集なので、自分でも原点回帰というか、考え直してみるきっかけになってます。

    ――3月には初のソロ・アルバム『縁魂』がリリースされました。スラップ・プレイにとどまらない幅広いベース・プレイに、歌も披露していてマルチなスタイルを使い分けているのが衝撃でしたよ。

     嬉しいですね。『縁魂』はどんな作品に感じましたか?

    ――プレイに関しては、主軸にあるのはリズムやビートであり、リズムの強さが目立つプレイが多いと思いました。ベースでの2フィンガーのプレイにはバリエーションが多くて、スラップを使う場面が少なくても表現が狭くないですよね。それゆえなのか、例えば10曲中で7曲がスラップということにはならない。

     ありがとうございます。そうですね……スラップはやっぱり、ここぞというときに使うものといった意味合いが強いかもしれません。期待してくれているようなバチバチなヤツってむしろいつでもできる表現だと思います。Kyotaro&Rikuoにいい感じでギターが入ったものを作ってもよかったんですけど、1stアルバムなら本当にやりたいことを最初にやって、それ以降のソロ・プロジェクトでキャッチーに狙いを定めたようなものを作っていくのもアリかな、と。ここでまたさらにスラップを出してそればかりを求められてしまうと居心地悪いし、自分に嘘をつかないアルバムを1枚作ってから、そのあとに自分がやりたいことを何でもできると思っています。スラップばかりを求めらて応えていくなかで、表現の幅を広げることに苦しむことになったらつまらないと思って。自然にできたのがこのアルバムなんです。そのおかげか一周回ってやっと“スラップなんていくらでもやりますよ”という感じになってきましたね。1stで自分の表現をしたことによって、求められたことをやれる余裕ができました。自分の心の管理もアーティストの仕事ですからね。

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