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ピノ・パラディーノの“グルーヴの正体”を根岸孝旨×角野秀行(TUBE)が語り尽くす!【イベントレポート】
- Text : Shutaro Tsujimoto (Bass Magazine Web)
- Photo : Takashi Yashima
2026年3月15日、御茶ノ水RITTOR BASEで本誌主催のイベント『ピノ・パラディーノを聴く、語る』が開催された。
3月のピノ・パラディーノ来日公演の興奮やらぬなか、ベーシスト/プロデューサーの根岸孝旨、TUBEのベーシスト角野秀行がピノをテーマにしたディープなトークセッションを展開した本イベント。ここではレポートとして、その対話の一部を抜粋してご紹介する。1980年代のピノ登場の衝撃を受けて以降、その活躍を追い続ける彼らが語り合ったピノ像とは?
なおサブスク会員はトーク全篇のアーカイブが視聴可能だ。こちらの動画もお見逃しなく!

「ピノを掘り下げていくと、いい曲にたくさん出会える」ー 角野秀行
BM:おふたりのピノとの出会いは80年代の前半ですよね。
角野:僕はポール・ヤングの『The Secret of Association』(1985年)が入り口でしたね。
根岸:僕もポール・ヤングですが、それより前の『No Parlez』(1983年)でした。「Come Back And Stay」という曲のベースを聴いて、“なんじゃこりゃ”と思って。フレットレスなのにスラップをしているということが気になったんです。その流れで、知り合いに“たぶん同じ人が弾いている”と教えられ、ゲイリー・ニューマンの『I, Assassin』(1982年)も聴きました。
角野:80年代前半は楽器の進化も含めて、ベーシスト・ムーブメントがかなりありましたよね。クロスオーバーやフュージョンと言われる音楽が世に出てきて、パーシー・ジョーンズ、ミック・カーン、ジャコ・パストリアスといったフレットレスの素晴らしい奏者や、素晴らしいスラップ・ベース奏者が台頭してきた。フェンダーから新しいハイエンドの楽器に移り変わる時期でもあり、テクニカルな人がものすごく出てきたんですね。
大物アーティストがそういうベーシストを自分のバンドに入れるのがちょっと流行って、ジャコがジョニ・ミッチェルと共演したりと、そういうコラボレーションがすごく多くて、ピノもその流れのなかで出てきた。だからピノを掘り下げていくと、いい曲にたくさん出会えるんです。

▲左から、根岸孝旨、角野秀行(TUBE)。
BM:ピノがそれまでのフレットレス奏者と違った点は、ポップスのヒットソングのなかでフレットレス・ベースを弾いたことなのかなと。
角野:そうですね。今回改めてピノをちゃんと聴かせてもらったんですけど、やっぱりピノは曲を生かすための技術がすごいんです。ベースのチューニングも普通に2音ぐらい下げちゃうし、オクターバーを使ったプレイも多い。そして当時は、世の中がシンセ・ベースを欲していたんだと思います。80年代はデヴィッド・フォスターなどがヤマハのDX7やミニムーグでずっとシンセ・ベースを弾いていましたが、ピノのフレットレスはちょっとミニムーグのような音がして、かつキーボーディストにはないフレージングだったんです。
根岸:この時期の音作りでいうと、ピノはボスのOC-2(オクターバー)をたくさん使っていて、またほとんどの音源にはコーラス・エフェクターがかかっていました。本人はコーラスをかけた覚えはないらしいんですが、多分、当時はデジタル・エフェクトが出始めた頃なので、エンジニアが使いたくて使っていたんでしょう(笑)。ポール・ヤングの有名な「I’m Gonna Tear Your Playhouse Down」でも、オクターバーとコーラスが両方かかっています。2000年代に僕とピノが知り合った頃にも、エフェクターは“いつもこれ(ボスOC-2)だけを持ち歩いてる”って言ってましたよ。
角野:僕はこの曲は、当時はシンセ・ベースだと思って聴いていました(笑)。
根岸:オクターバーとフレットレスを普通のヒット曲にこんなに当てこんでくるのは、ピノしかいなかったですね。ディアンジェロ以降はフレットレスの出番は減っていきましたけど。
「“なんでこんなズレてるの?”って思った」ー 根岸孝旨
根岸:ディアンジェロの『Voodoo』(2001年)を最初聴いたときは、俺の耳がおかしいのか、CDが飛んでるのかと思うくらい、1曲目の「Playa Playa」で“なんでこんなズレてるの?”って思ったんだよね。
角野:僕も最初、気持ち悪かったです。下の世代のミュージシャンに聞くと、衝撃的にカッコよかったって言うんですけど。
根岸:聴いたことのない人のために言いますと、音楽って普通ドラムとベースのタテの線がぴったり合っているのが、このアルバムが出てくる前は良しとされてたわけです。ところが、ピノがインタビュー(記事はこちら)でも言ってましたけど、『Voodoo』でピノはザ・ルーツのクエストラブ(d)と一緒にやったんですけど、まずふたりでビートを普通に刻むと、ディアンジェロに“違う、もっとドラムよりうしろで弾け”って言われるんです。で、弾いてみると、“もっとうしろで!”と言われる。そしてさらに、歌がそのうしろにくる(笑)。そうやって時空が歪むんですね。
角野:1、2曲目が特にそうで、“何が起きてるんだ”と思った。ヒップホップの文化で、ループを重ねていってビートを作ることで、リズムがズレているような音楽が当時たくさんあったんですね。音を重ねるからタイミングがぴったりにはならないんですけど、そういうズレたリズムがずっと流れていく感じを生でやろうとしたんだろうなと。

根岸:ドラムのクエストラブは最初DJになろうとしたそうです。でもお父さんから“DJになるならちゃんと楽器をやれ”と言われてドラムを叩き始めた。それで、彼は最初期のヒップホップの、壊れたドラム・マシンみたいなちょっとヨレたようなリズムがやりたくて、その練習をしていたそうです。だからヒップホップから来たドラマーなんですよね。でもおもしろいのは、80年代にザ・ルーツを観にニューヨークに行ったことがあって、中盤にジミヘン・コーナーがあったんですけど、普通のロック・ドラムもめちゃくちゃうまかった(笑)。
角野:本来はジャストでも叩ける人なんですよね。ピノはこのあたりから、ヴォーカリストの横でカウンターメロディを弾くベーシストから、ディアンジェロ以降、グルーヴァーに変わっていくんですよね。
「親指と人差指の間にすごくスペースが空くんです」ー 根岸孝旨
BM:今回の来日公演を観て、発見はありましたか?
根岸:ピノは派手な音を出したいタイプではないし、音色も派手ではありません。ハイがあまりないというか、弾き方が強くないんです。今回の来日公演を4日間観たうち、2日間はほぼ真横で観ていたんですが、右手の角度がよくわかりました。親指と人差指の間にすごくスペースが空くんです。
スペースを狭くしてしまうとペタペタという音になりやすいのですが、ピノの弾き方をすると弦が横(ボディと並行)に揺れるんです。弦がきれいに揺れるから太い音がするし、弦がフレットに当たるガチガチという音がほぼ出ないんです。
角野:手が大きいというのもあるんですけど、すごくガット・ギターを弾くような弾き方をしていましたね。
根岸:あと、ピノ・パラディーノがよくやる右手の奏法にパーム・ミュートがあるんですけど、1弦から3弦までは基本、親指で弾くことが多かったですね。
角野:すごく柔らかい音を出していたので“最近はこうやって弾くんだな”と思ったんですけど、でもジョン・メイヤーのときはビシッと弾いているんですよ。だからたぶん意図的にアタック・コントロールをしていますよね。ピノがすごいなと思うのは、意図的に弾かない、あるいはすごく弾くけど急にやめる、ということを瞬時にやっているところ。そのバランスがうまい。
根岸:80年代はあんなにスラップをやっていたのに(笑)。80年代のポール・ヤングのライヴを聴くと、ピノがスラップをやっている曲はまるでルイス・ジョンソンですよ。ミュージックマンだからというのもあると思いますが。ラリー・グラハムの影響はピノ自身も認めていますが、僕が聴く限り、コピーはルイス・ジョンソンのほうをだいぶやったんだろうなと思います。

「やっぱりベース・キッズなんですね」ー 角野秀行
角野:ピノは、ベーシストが憧れるミュージシャンをちゃんと消化している感じがしますね。
根岸:本当にそうですね。
角野:ジェームス・ジェマーソンぽいところもあるし、ジャコっぽいところが見えたり、ベーシストがキュンキュンするフレーズがたくさん入っている気がします。
根岸:彼は生粋のベーシストで、ベースが大好きなんですよ。The Verbsでのダニー・コーチマー(g)と一緒に来たときのエピソードなんですが、ダニーとピノ、僕、そしてピノの息子のロッコの4人で楽器屋さん巡りに出かけたんです。車中でBGMがかかると、ダニーがピノに“このベースは誰だ?”と聞くのですが、ピノは全部パッと答えられる。すごいですよ。
角野:やっぱりベース・キッズなんですね。
根岸:大のベース好きです。本気でジャコが好きで、僕がニューヨークにザ・フーを観に行った翌日、ピノとランチをしたんですけど、やたら時計を気にしているので“忙しいならいいよ”と言ったら、“これからジャコの息子(フェリックス・パストリアス)に会いにマイアミに行くんだ”って。
角野:へえ!
根岸:“一番影響を受けたベーシストは誰?”と聞いたら、ストレートに“ジャコ・パストリアス”と言っていましたからね。
角野:ああ。でもそれはすごく感じますね。
・ピノ登場の衝撃と当時のベース・シーン
・1980年代から現代までのピノ参加作品を振り返る
・ピノの使用機材、奏法を解説!
・根岸孝旨が語る“素顔”のピノ・パラディーノ
・ふたりが選ぶ“ピノの名盤”5選
・最新作『That Wasn’t A Dream』と3月の来日公演の感想
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PROFILE

ねぎし・たかむね●高校時代にビートルズやザ・フーに影響を受けてギターを初め、そののちにベースに転向。Dr.StrangeLoveやJUNK FUNK PUNKなどの自身のバンドや、スタジオ・ミュージシャンとして活躍しながら、Cocco、くるりなどのプロデュースまたはサポートも手がけている。ピノ・パラディーノ来日時にはライヴやレコーディング用の機材を貸し出したり、ともに楽器店を巡るなど、ピノ本人と深い親交を持つことでも知られている。

かくの・ひでゆき●1985年にTUBEのベーシストとしてデビュー。3rdシングル「シーズン・イン・ザ・サン」が大ヒット。その後も「あー夏休み」「夏を抱きしめて」など、夏をテーマにした楽曲を中心に数多くの楽曲をヒットチャートに送り出し、“夏=TUBE”というイメージを広く世間一般にも定着させる。35年以上継続して開催している毎夏恒例の横浜スタジアムでのライブは、夏の風物詩となっている。昨年2025年6月にデビュー40周年を迎えた。



