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    “音価コントロール”はファッションにおけるサイジング【トリプルファイヤー鳥居真道の“新譜とリズムのはなし”】第2回

    • Text:Masamichi Torii
    • Illustration:Tako Yamamoto

    トリプルファイヤーの鳥居真道が、世界中のニューリリースからリズムや低音が光る楽曲をピックアップし、低音やリズムを分析する連載『トリプルファイヤー鳥居真道の“新譜とリズムのはなし”』。今回は2024年12月〜2025年2月にリリースされた楽曲から5曲を紹介していきます。(編集部)

    第2回:2024年12月〜2025年2月リリースから選ぶ5曲

    目次

    ① Yufu「Heal Me Good」:70年代前半のソウル好きにはたまらないトーン

    ② CHINESE AMERICAN BEAR「Dim Sum (点心)」:シアトルの夫婦ユニットが送るDIYポップ

    ③ Σtella「Omorfo Mou」:音価コントロールはファッションにおけるサイジング

    ④ Brooke Combe 「This Town」:ノーザン・ソウル調サウンドとスムーズなベース・ライン

    ⑤ Michi「Snoobie」:“スロー・ジャム”をグルーヴさせる滑らかなライン

    ① Yufu「Heal Me Good」

    Yufu「Heal Me Good」
    ユフ『Heal Me Good』
    ユフ「Heal Me Good」

    70年代前半のソウル好きにはたまらないトーン

    台湾出身のミュージシャン、YUFUの1stアルバム『Heal Me Good』(2025年1月24日リリース)からの一曲です。サンフランシスコとアムステルダムを拠点にするインディ・レーベル<Zip Records>からリリースされました。

    かつて鱷魚迷幻(CROCODELIA)というバンドでギター・ヴォーカルを務めていたそうです。YUFU & The Velvet Impressionism名義で2020年に『Is It Vain To Be Awake?』というアルバムもリリースしています。

    YUFUの魅力はまず色っぽい声にあります。歌いっぷりがとにかく気持ち良い。こんな風に歌えたらさぞ楽しいだろうなあと思わずにはいられません。

    「Heal Me Good」は、マーヴィン・ゲイやウィリー・ハッチ、カーティス・メイフィールド、リオン・ウェア、レオン・ヘイウッド、バリー・ホワイトといった70年代前半のソウル・ミュージックへの思慕をあけすけにしたサウンドに取り組んだ作品だといえます。ベースのトーンもふくよかで甘い音になっています。1970年代前半のソウルが好きな人はたまらないトーンだと思われます。イントロのオクターブを上下しながら半音ずつ上昇していくフレーズもファンキーです。

    ② CHINESE AMERICAN BEAR「Dim Sum (点心)」

    CHINESE AMERICAN BEAR「Dim Sum (点心)」
    チャイニーズ・アメリカン・ベア「Dim Sum (点心)」
    チャイニーズ・アメリカン・ベア「Dim Sum (点心)」

    シアトルの夫婦ユニットが送るDIYポップ

    チャイニーズ・アメリカン・ベア(裔美国熊)は、シアトルを拠点に活動する夫婦によるDIYユニットです。演奏から録音からミックスまで自分たちのホーム・スタジオでこなしているそうです。彼らは昨年『WAH!!!』というアルバムをイギリスのインディ・レーベル<Moshi Moshi Records>からリリースしています。

    「Dim Sum (点心)」は彼らの最新シングル曲です。日本人にもお馴染みの点心について、英語と北京語で歌われています。本当にキュートな曲です。本人たちいわくヴェルヴェット・アンダーグラウンドを意識したとのことです。私はベル・アンド・セバスチャンに通ずるかわいらしさを感じました。

    ベースはぽこぽこしたトーンとなっています。ヘフナーのヴァイオリン・ベースを甘めのパーム・ミュートをかけてピックで弾いているのではないかと予想されるトーンです。エビデンスはありません。

    チャイニーズ・アメリカン・ベアの曲は、ベースがアレンジの要となっているものが多いように感じます。『WAH!!!』収録の「Kids Go Down (孩子们的时光)」では、ダフト・パンクを思わせるファンキーなベース・ラインをかわいらしいトーンで演奏しています。

    ③ Σtella「Omorfo Mou」

    ステラ「Omorfo Mou」
    ステラ「Omorfo Mou」
    ステラ「Omorfo Mou」

    音価コントロールはファッションにおけるサイジング

    4月4日に<Sub Pop Records>からリリースされるΣtella(ステラ)の5作目『Adagio』からの先行カットです。ステラはギリシャ人ミュージシャン、ステラ・クロノプルーのソロ・プロジェクトです。私は、2022年の前作『Up and Away』でステラを知ったクチです。カラッとしたドラムと重くてシンプルなベースが好みでよく聴いていました。

    今回のアルバムでは母国語のギリシャ語で作詞したそうです。「Omorfo Mou」は“私の美しい人”を意味するギリシア語とのこと。

    グラウンド・ビートのようなハネたハーフタイムのドラム・ビートに対して、ベースはスペースを十分に取ったフレーズを演奏しています。メロディックで動きのあるこのベース・ラインとファンキーなビートがそのままアレンジの屋台骨になっています。

    休符が主役といえるようなこの手のベース・ラインは演奏が難しいです。音価コントロールはファッションにおけるサイジングのようなところがあり、センスの見せ所という感じがします。一般的にオシャレとされるアイテムを身に着けたとしても、サイジングがまずいと野暮ったくなってしまいます。演奏も同様で、オシャレなフレーズも、音価コントロール次第で野暮ったい印象を与えてしまう場合もあります。

    ④ Brooke Combe 「This Town」

    ブルック・クーム『Dancing At The Edge Of The World』
    ブルック・クーム『Dancing At The Edge Of The World』
    ブルック・クーム「This Town」

    ノーザン・ソウル調サウンドとスムーズなベース・ライン

    一聴してUKのミュージシャンに違いないと確信する人が多いのではないかと思われます。というのもノーザン・ソウル調のサウンドだからです。誰も知らないようなマニアックなアメリカ産ソウルで踊るというカルチャーが1970年代前半のイングランド北部で生まれました。それがノーザン・ソウルです。テンポの早い曲が好まれたのでした。

    ブルック・クームはスコットランド・エジンバラ出身のシンガーです。今回取り上げる「This Town」は、フル・アルバムとしては一作目となる『Dancing At The Edge Of The World』(2025年1月31日リリース)に収録されています。プロデュースはジェイムズ・スケリーが務めました。ザ・コーラルのヴォーカリストです。

    ベースを見ていきましょう。休符のないスムーズなベース・ラインとなっています。ピチカート・ファイブのベース・ラインを連想する人も少なくないかもしれません。筒美京平関連の歌謡曲もソウル的なグルーヴを演出する際に、休符が少ない流れるようなベース・ラインが多い印象を受けています。たとえば、尾崎紀世彦「また逢う日まで」や宇野ゆう子「サザエさん」、南沙織「17才」などです。「This Town」は、ミックスでベースが奥のほうに引っ込んでいます。そのため軽めの口当たりとなっています。

    ⑤ Michi – Snoobie

     ミチ『Dirty Talk』
    ミチ『Dirty Talk』
    ミチ「Snoobie」

    “スロー・ジャム”をグルーヴさせる滑らかなライン

    <Stones Throw Records>所属のシンガー、Michiの「Snoobie」を取り上げます。2月28日にリリースされる『Dirty Talk』からの先行カットです。プロデュースはドラン・ジョーンズ&ジ・インディケーションズのギタリスト、ブレイク・ラインとシンガー・ソングライターとしても活動するポール・チェリーが務めています。

    いわゆるスロー・ジャムに分類できるオールドスクールなアレンジとなっています。ブーツィー・コリンズの「I’d Rather Be with You」や「What’s a Telephone Bill」、あるいはクール・アンド・ザ・ギャングの「Summer Madness」を連想せずにはいられません。カリ・ウチスやチャイルディッシュ・ガンビーノ、アンダーソン・パークとブルーノ・マーズのシルクソニックもしばしばリファレンスにしているサウンドだといえます。

    ベースは滑らかなグルーヴを供給する役割を担いつつ、要所要所で粋な遊びのフレーズを挿入します。ブリッジ(0:38~)で展開されている音価の長いフレーズと短いフレーズの対比もメリハリがあってハッとさせられます。タッチのニュアンスが感じられるベースの録音も生々しくて素敵です。

    ◎Profile
    とりい・まさみち●1987年生まれ。 “高田馬場のジョイ・ディヴィジョン”、“だらしない54-71”などの異名を持つ4人組ロック・バンド、トリプルファイヤーのギタリスト。現在までに5枚のオリジナル・アルバムを発表しており、鳥居は多くの楽曲の作曲も手掛ける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライヴへの参加および楽曲提供、音楽関係の文筆業、選曲家としての活動も行なっている。最新作は、2024年夏に7年ぶりにリリースしたアルバム『EXTRA』。また2021年から2024年にかけて、本誌の連載『全米ヒットの低音事情』の執筆を担当していた。
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