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ベースで演出する“ボケとツッコミ”【トリプルファイヤー鳥居真道の“新譜とリズムの話”】第1回
- Text:鳥居 真道(Masamichi Torii)
- Illustration:山本 蛸(Tako Yamamoto)
トリプルファイヤーの鳥居真道が、全米ヒットチャートの低音やリズムを分析してきた本誌の人気連載セミナー『全米ヒットの低音事情』。誌面での連載は2024年10月号(Autumn)で惜しまれつつ最終回を迎えましたが……このたびベーマガWEBで連載がリニューアルして復活! 『トリプルファイヤー鳥居真道の“新譜とリズムの話”』と名を改めて、今後は全米ヒットにとどまらず、世界中のニューリリースからリズムや低音が光る楽曲をピックアップ。ベース・プレイの可能性を広げる楽曲たちを、独自の視点で掘り下げてお届けしていきます。
第1回:新連載「新譜とリズムの話」がスタート
雑誌『ベース・マガジン』で3年にわたり「全米ヒットの低音事情」という連載をしていました。タイトルのとおり、アメリカでヒットしている曲のベースについて掘り下げるという内容です。昨今のヒット曲でエレキ・ベースが使用される例は稀なので、毎回取り上げる曲を選ぶのに難儀したものです。
今回は“全米ヒット”という縛りを解いて、直近2ヵ月にリリースされた新譜のなかから、とりわけ耳を引いたエレキ・ベースをご紹介していこうと思います。題して『トリプルファイヤー鳥居真道の“新譜とリズムの話”』です。
Bananagun – Free Energy
シンセのフレーズをエレキ・ベースに落とし込む!?
映画『シビル・ウォー』はご覧になりましたか。内戦状態のアメリカを舞台にしたロードムービーです。賛否のある映画ですが、人の業が描かれていて私は好きです。ドルビーシネマで鑑賞したら音の迫力が凄まじかったです。音楽ファンの間では、サイケの伝説的なユニット、シルヴァー・アップルズが劇中で流れることも話題になりました。大音量で聴く「Lovefinger」にはシビれました。世界でもっともクールな音楽だと断言したくなるほどです。
オーストラリアのダンサブルなサイケ・バンド、バナナガンの新譜『Why is the Colour of the Sky?』にシルヴァー・アップルズの影響を感じる曲が収録されていました。先行シングル・カットされた「Free Energy」という曲です。ドカドカと手数の多いドラムと催眠的なベースというリズム隊の雰囲気がシルヴァー・アップルズ的です。ちなみにシルヴァー・アップルズは、パーカッションと自作シンセというふたつのパートからなる異色の二人組です。ベース・ラインは自作のシンセから出力されたものです。バナナガンはそのエッセンスを抽出して、エレキ・ベースに落とし込んでいるわけですね。ぞくぞくするようなベース・ラインです。
Warmduscher – “Cleopatras” feat COUCOU CHLOE
ベースで演出する“ボケとツッコミ”
2014年から活動するイギリスのポスト・パンク・バンド、ワームダッシャーの5作目『Too Cold to Hold』からの一曲です。ドラムン・ベースっぽい質感に加工されたアフロビート調のドラムに対して、ベースが殺伐としたムードの合いの手を入れています。
ヴァース部分は2小節単位のループで構成されています。前半の1小節目では、1・2拍目に“ブォーン”というドスの利いた低音が挿入されています。他方、後半の2小節目ではその箇所がオミットされています。前半と後半に共通しているのは、3・4拍目で合いの手的に挿入されるベースのフレーズです。殺伐とした雰囲気の音使いとなっています。
ループもののトラックでベース・ラインを考える場合、このようにフレーズの前半と後半が対応するようにメリハリをつけるとフックが生まれます。要するに漫才でいうボケとツッコミという役割を与えることで、フレーズがポップになるというわけです。
Michael Kiwanuka – Floating Parade
フューチャリスティックでサイケなムード
イギリス出身のソウル・シンガー、マイケル・キワヌーカが4作目のアルバム『Small Changes』をリリースしました。5年ぶりのアルバムです。デビューは2012年なので寡作なミュージシャンだと言って差し支えないでしょう。プロデュースは、過去の2作と同様にデンジャー・マウスとインフローのコンビが務めています。インフローことディーン・ジョサイア・カヴァーはソー(Sault)の中心的メンバーとして知られています。参加ミュージシャンには、ジェームス・ギャドソンやジミー・ジャム(ジャム・アンド・ルイス)、そしてピノ・パラディーノといったレジェンドの名前もクレジットされています。
今回取り上げたいのは、オープニング・トラックです。オーガニックな雰囲気の冒頭を抜けると、フューチャリスティックでサイケなムードが漂うパートに突入します。ステレオラブっぽいようなサウンドです。ベースが同一のフレーズを繰り返す一方で、エレピはコードを展開させています。ベースは細かく音価を調整して演奏に躍動感を与えています。ここで演奏しているのがピノかどうか不明です。ひょっとすると打ち込みかもしれません。
ちなみにこのアルバムでいうと「Rebel Soul」のベースも耳を引きました。こちらのベースはピノが弾いているのではないかと思われます。柔和なタッチの繊細なプレイです。音選びも複雑で大人な味わいを感じます。
Father John Misty – I Guess Time Just Makes Fools of Us All
ダンサブルなビートでの“キホンのキ”
21世紀を代表するシンガーソングライター、ファーザー・ジョン・ミスティの6作目『Mahashmashana』から先行カットもされたこちらの曲をご紹介します。8分を超す長い曲です。
ディスコ期のビージーズとジョニー・キャッシュが同居したかのようなサウンドがたまりません。ベースもカントリーのマナーを守ったままディスコに接近したようなフレーズになっています。曲を軽薄にしないためにこうしたアプローチを取っているのではないかと思われます。ソウル、R&B、ファンク、ディスコといったダンス・ミュージック的なアプローチでベースを弾くなら、バックビートを休符にしてスネアにスペースを譲るのは基本中の基本です。メリハリこそすべてです。
詳しいクレジットがないので、ベースを弾いているのが誰かは不明です。ファーザー・ジョン・ミスティのバンドでベースを弾いているイーライ・トムソンの演奏かもしれません。
Thee Marloes – Logika (Instrumental)
ドラムとベースのシンクロ率に注目!
ヴィンテージ・ソウルの名門レーベル、ビッグ・クラウンからデビューしたインドネシアのソウル・バンド、ジー・マーローズのファースト・アルバムのインスト盤から「Logika」という曲を取り上げます。
マーローズは10月に来日しており、私も東京公演を観に行きました。背骨を貫くような心地よいグルーヴとチアフルなヴォーカルに大満足でした。
マーローズはヴォーカル/鍵盤、ギター、ドラムという三人組で、ベースとパーカッションはサポートのミュージシャンでした。音源ではギターのシナティリヤ・ダッラカがベースを弾いているようです。ボトムの低いフレーズとシンコペーションが癖になります。ドラムのパターンとベース・ラインが連動しているので、シンクロ率の高さが問われます。ドラムに対するベースの微妙なタイミングで、グルーヴの表情は一変するものです。ベーシストの方はドラマー、あるいは打ち込みのビートを相手に、タイム感の実験をしてみるとおもしろいはずです。
◎Profile
とりい・まさみち●1987年生まれ。 “高田馬場のジョイ・ディヴィジョン”、“だらしない54-71”などの異名を持つ4人組ロック・バンド、トリプルファイヤーのギタリスト。現在までに5枚のオリジナル・アルバムを発表しており、鳥居は多くの楽曲の作曲も手掛ける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライヴへの参加および楽曲提供、音楽関係の文筆業、選曲家としての活動も行なっている。最新作は、2024年夏に7年ぶりにリリースしたアルバム『EXTRA』。また2021年から2024年にかけて、本誌の連載『全米ヒットの低音事情』の執筆を担当していた。
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