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AYAが語る坂本慎太郎『ヤッホー』 その謎に包まれたグルーヴ論とキャリアの軌跡に迫る【前篇】
- 取材:辻本秀太郎(ベース・マガジンWEB)
- 人物写真:Carl Lindeberg
- 機材写真:八島崇
元ゆらゆら帝国の坂本慎太郎(vo,g)が、約3年半ぶりとなる新作アルバム『ヤッホー』を1月23日にリリースした。
2作目『ナマで踊ろう』(2014年)以降、坂本バンドの屋台骨を支えてきたのが、OOIOOや滞空時間でも活躍するベーシスト、AYAだ。本誌初登場となる彼女に、謎に包まれた坂本バンドにおけるグルーヴ構築の方法論について語ってもらった。1954年製のギブソンEB-1に改造を重ね、ドラマーの菅沼雄太とともに“極限までタイト”なリズムを組み上げる彼女。世界各地のライヴやフェスで深い没入を生んできた、その独自のグルーヴはいかにして組み立てられているのか——その成り立ちを辿る。
“ベースをやるならオマさん(鈴木勲)を見たほうがいい”と言われて
——まずはプロフィール的なところからお聞きしきしたいのですが、現在活動しているバンドは、OOIOO、坂本慎太郎バンド、滞空時間ですか?
その3つをパーマネントなメンバーとしてやっていて、セッションやレコーディングに参加することもあります。
——ベースを始めた頃のお話も聞かせてもらえますか?
1989年に予備校や大学で知り合った人たちと3人でHOUSESIDEというバンドを組みました。ほかのふたりがギターとドラムだったので、私がベースとヴォーカルを担当することになって。当時はシューゲイザーと言われることが多かったですが、インストに近くてインプロの要素が多いバンドでした。1998年頃までの活動でした。
——2000年代は5年間ジャズ・ベーシストの鈴木勲さんに師事していたそうですが、ジャズとの出会いは?
高校生のときに観た『真夏の夜のジャズ』(1959年)は強く印象に残っていて、“ジャズは怖い音楽だな。聴き始めたらほかの音楽を聴く暇がなくなる”と思った記憶があります。当時は80年代なかばで、ヒップホップとサンプリング、ハウス、テクノが出てきて、多様な音楽を自然に同時に聴いていた時代だったことや、ロックをほとんど通らずクラシックをやっていた、というのもあったと思います。
——もともとはクラシックをやられていたんですね。
ピアノを幼稚園の頃からやっていました。通っていた幼稚園がたまたま教会のなかにあって、その教会の日曜学校にも通っていたんですが、そこでの讃美歌のピアノ伴奏に憧れてクラシック・ピアノを習い始めました。中学生くらいまで、日曜学校で讃美歌の伴奏をしました。ピアノでも、左手のほうがカッコいいと思ったり、左手の和音を分解してフレーズを作ったり、左手のワンフレーズで曲のどこまでやれるかをやってみたりした記憶もあります。

——“怖い音楽”だったジャズに、改めて向き合うようになったきっかけは?
当時、エレキ・ベースの師である樋沢達彦さんから、“ベースをやるならオマさん(鈴木勲)を見たほうがいい”と言われて、すぐにライヴへ行って、次の日からボーヤになりました。そこからほぼ毎日ジャズの現場に付いて行ってはいたんですけど、結局、自分自身はジャズの演奏はやらなかったんです。オマさんから“ジャズはやらなくていい”って言われていました。“AYAちゃんって、ジャズもまぁまぁできるよね、で終わっちゃうから”って。
オマさんは、ルイ・アームストロングの初来日公演で、ショーの最後に、ミルト・ヒントンがステージにひとり残って弾いたベース・ソロに感動して涙を流したそうです。その帰りに、ストリップ劇場の“ベース募集”の貼り紙を見て、次の日からそこでベースを弾き始めて、あそこまで行かれた。常に練習を続けて、曲を作り続けていた人で、そういう生き方を近くで見ていたので、本当にジャズとベースに誇りを持っていたんだなと感じていました。覚悟の仕方が違うんだなと。
——その時期のご自身の活動は?
その頃はOOIOOや滞空時間、Delawareなど5つくらいバンドをやっていて、海外でのライヴもありましたが、仕事のないときは基本はオマさんと一緒にいましたね。
音作りをずっとやっていました。ピックアップも、これで3個目で。
——坂本慎太郎さんとは、いつから交流があったんですか?
フライング・リズムスの『RHYTHM MEBIUS』(2007年)に、私がベースで参加した曲があって、それを坂本さんが聴いて“ベースが良い”と思ってくれたみたいで、ライヴハウスでたまたまお会いしたときに、その話をしてくださって。
——その後、ソロ・プロジェクトに参加することになるんですね。
ソロの最初のアルバム(『幻とのつきあい方』/2011年)のレコーディング直後に、“こういうのを作っていて、ライヴも考えているのだけど”と連絡があって。2枚目の『ナマで踊ろう』(2014年)のレコーディングから参加して、実際にライヴをやるようになったのは、2017年のドイツのフェスが最初です。
——最初のレコーディングは、どんな感じでしたか?
レコーディングの半年くらい前から週一で菅沼(雄太/d)さんと3人でスタジオに入っていました。最初は、ドラム・マシンに、坂本さんのギターとベース、歌詞はないけど歌いまわしやラインが決まった歌が入ったデモを聴いて、それをスタジオで構築していく感じですね。ギタリストが作るベース・ラインなので、運指が難しいところも多くて、ほぼテンション・ノートしか弾いていない曲もあったり、最初はフレーズ自体に慣れるのが難しかったです。

——リハスタでは、バンドのグルーヴを作っていったイメージでしょうか?
グルーヴをどうやって出すか、ということを延々やっていた感じですね。今もやってるという気はしますけど、今回のアルバムで、ようやくほんのちょっとした手応えみたいなものはあった気がします。
——どういう試行錯誤をしていたのでしょう?
ベースの音作りをずっとやっていました。ピックアップも、これで3個目で。ドラムとベースって、同時に音を作っていく必要があるじゃないですか。棲み分けというか。例えば、キックの張り具合とベースのピックアップや弦を、同時に考えていきたい。そこがグルーヴに影響するので、時間がかかっていました。もちろん、この曲のこのグルーヴはどうやって、どういうタイム感でやっていくか、みたいなのは常にあるんですけど、そこを正確に提示するには音色が大きく関わってくる。
——そういったリズム体のディレクションをするのは坂本さんなんですか?
そうですね。坂本さんには全部見えていて、それを私たちがどう解釈するか、というところから入っていく感じです。坂本さんが言うのは……
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Profile
AYA(あや)◎90年代にHOUSESIDEのベース兼ヴォーカリストとして活動後、2001年にOOIOOへ加入。OOIOOは1995年にボアダムスのYoshimiOを中心に結成された演奏集団で、1997年にポリスターよりメジャー・デビュー。これまでに8枚のオリジナル・アルバムほかを発表している。元ゆらゆら帝国の坂本慎太郎バンドのメンバーとして、ライヴをはじめ『ナマで踊ろう』(2014年)、『できれば愛を』(2016年)、『物語のように』(2022年)、『ヤッホー』(2026年)のレコーディングに参加。ほかにも滞空時間、SURFERS OF ROMANTICAなどで活動。
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Information
『坂本慎太郎 LIVE 2026 “Yoo-hoo” ツアー』の開催が決定!
初の仙台公演を含む、神奈川、東京、名古屋、大阪、福岡、沖縄の全国7都市で開催! 坂本慎太郎BANDのメンバーは、坂本慎太郎 (g,vo)、AYA(b,cho)、菅沼雄太(d,cho)、西内徹(sax, fl)。詳細はこちらから。
OOIOOがライトニング・ボルトとのスプリットLPを4/24にリリース!
AYAがベーシストを務めるOOIOOが、米ノイズ・ロック・デュオ“ライトニング・ボルト”との初のスプリット作品『The Horizon Spirals / The Horizon Viral』を、米Thrill Jockeyより2026年4月24日にリリースする。詳細はこちらから。
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