NOTES
1996年から2020年まで24年間にわたりベース・マガジンの人気連載として掲載されていた、かわいしのぶの「ある日の絵日記」が“リターンズ”としてBass Magazine Webで復活! 1年間の期間限定でお送りしてきた本連載は今回で早くも第12回。最終回です……!
ある日の絵日記 リターンズ
第12回
9月24日、RAINBOW HILL 2022。会場は大阪・服部緑地の野外音楽堂。先ほどまで日陰に覆われ平和だったステージは、わたしが臨時ベースとして参加する“夕凪”の演奏時間に合わせたかのように、隅々まで西日が行き渡りギンギラギンになっていた。齢50の顔面を容赦なく突き刺す西日。すみません~お客様のなかに左官屋さんはおられませんか~わたしの顔に漆喰を……いや、日焼け止めを塗ってくれませぬか~。左官屋さんは現われなかった。が、演奏が始まると、夕凪の音楽に、歌に、客席の楽しそうな顔顔顔に、己のシミもシワもどうでもよくなり、ただただ楽しく気持ちよく音楽に包まれた。最後は知久寿焼さんの歌とともに出演者全員大集合での大団円。ユメマボロシのようなビューティフル・レインボー・サンデー、私の2022年の夏はこれにてエンド。就寝前、我に返ってパックした。
10月4日、甲府・桜座にて坂田明COCODAのレコーディング。演奏を終え、夜、近くのお店で晩酌。シメに海苔茶漬けを注文。海苔茶漬けはおいしかったが、半分ほど食べ進んだところでうっかり茶碗を倒してしまった。じゃばー。残っていた中身が砂浜に打ち寄せる波のように流れ出て、私の着ていた水色のシャツが防波堤となってそれらを受け止めた。ふやけきった茶漬けの海苔は、拭けば拭くほどに面積を広げ、気がつけば、どこぞの書道家が薄墨でしたためた渾身の一文字のような大きなシミに仕上がっていた。今すぐタイムマシンに乗って20分前の自分に“今日は鮭茶漬けにしておけ”と言いたかった。どの店のメニューでも常に控えめでおとなしそうな海苔茶漬けにこんな悪い顔があるなんて、人を見た目で判断してはいけない(人じゃない)。
10月7日、横浜ストーミーマンデーにて、今堀恒雄(g)、外山明(d)、かわいしのぶ(b)、このトリオでの、めくるめく、時空のねじれた遊園地のようなインプロヴィゼーション。むちゃくちゃ楽しいライヴだった。長年、電池の入れ替えのたびに裏蓋のネジをハズすのが面倒臭くて、その蓋を数本の輪ゴムでぎゅっと留めて“上海蟹”と呼んでいたファズが、接触不良で音が出なくなってしまった。まったく同じファズをもうひとつ持っていたため演奏に支障はなかったが、今回のことで輪ゴム留めはイカンなと学習し、数年ぶりに律儀に4つのネジを回して電池を入れ替えた。これまで輪ゴムで蓋を留める利便性を勧めてきた人たちに申し訳なく思うと同時に、誰ひとりそれを真似していなかったことも知っている。
10月15日、秋葉原 GOOD MANにて、“EXTREME NIGHT R”。今宵、シュガー吉永(g)、坂口光央(syn)、かわいしのぶ(b)、オータコージ(d)、というわくわくの初組み合わせ。 サウンド・チェックを終え、近くのカレー屋にごはんを食べに行った。初めての店、チキンカレーを注文。シャバシャバのルーのなかに手羽元がふたつ行儀良く並んでいる。いいねー、手羽元、スキスキ。早速そのひとつをスプーンですくい上げ、ガブリ、としようと前屈みになったところで手羽元がスプーンからつるりんと滑り落ちシャバシャバのカレーの湖にダーイブ。ぱしゃー。黄土色の液体が華麗に宙を舞い(“カレー”なだけにな)、全員口裏を合わせたかのようにわたしの水色のシャツに向かって飛んできた。おそるおそる視線を下ろすと、フロントに大小無数の黄土色の水玉模様が仕上がっていた。このシャツ、10日前に海苔茶漬けを受け止めたばかりである。なす術なくおしぼりでとんとんし、そのままステージにあがった。わたしのまわり、香ばしかったと思う。
『この1音を 鳴らすがために ここにいる 』
ある日の絵日記リターンズ。期間限定で復活したこの連載は、今号をもってひと区切りとなります。1年間、ご愛読、お付き合いいただき、ありがとうございました! この連載の復活を企画実行してくださった担当編集のTさんに心から感謝いたします! それではみなさんまたいつか、ごきげんよう。
【Profile】
かわいしのぶ●1971年生まれ、東京都出身。高校一年でベースを始める。1991年にSuper Junky Monkeyを結成し、1994年、ソニー・レコードよりデビュー。日本とアメリカを行き来しながら活動を続け、1999年に活動休止。2009年からは3人で活動を再開した。かわい個人は現在、大友良英スペシャルビッグバンド、柴田聡子 in FIRE、坂田明、パンチの効いたブルース&オウケストラ、プノンペンモデル、world’s end girlfriend、bikke&近藤達郎など、ベーシストとして幅広い活動を展開している。カレーが大好き。
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