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映画『騙し絵の牙』で共鳴した偶発的クリエイティブ・センス〜井澤惇(LITE)×吉田大八(映画監督)
- Interview:Zine Hagihara
- Photo:Chika Suzuki
現在、大ヒット上映中の映画『騙し絵の牙』は、登場人物たちの裏切りや嘘、知略などを駆使した騙し合いの心理戦が痛快なエンターテインメント作品だ。その緊張感のある描写と呼応するように流れる幾何学的なプログレッシブ・ロックは、アクションとは無縁の対決シーンのなかに、手に汗握るような臨場感をもたらしている。この音楽を担当しているのが4人組プログレッシブ・インスト・ロック・バンドLITEだ。趣味でベースを弾くほどに無類の音楽好きで、“音楽録音のために映画を作っている”とも公言する吉田大八監督は、LITEの音楽に魅了され、本作の劇伴制作を頼んだ。映画の劇伴は初となるLITEがどのように今作に取り組んだのか。LITEのコンポーザーのひとりでありベースを担当する井澤惇と吉田大八監督の対談を通して、バンドの枠を拡張したクリエイティブの裏側を明るみにしたい。
映画『騙し絵の牙』
最後に笑うのは誰だ?
大手出版社“薫風社”を舞台に、そして出版業界の不況などを背景に次期社長の座を巡って勃発した権力争い。雑誌は次々と廃刊のピンチに陥るなかで、社内でも変わり種のカルチャー誌“トリニティ”の編集長・速水輝(役:大泉洋)は笑顔で意外性たっぷりのアイディアを繰り出し、状況を打破する。しかし、この男の笑顔の裏にはとんでもない秘密があったのだ。編集者、上層部、作家たちの思惑が緻密な構成で描写される心理戦バトル映画である本作。新感覚のエンターテイメントをご堪能あれ!
“さっきのと今のテイク、何が違っていたんだろう?”って(笑)
―――吉田
━━まず、映画『騙し絵の牙』の劇伴をLITEに依頼したきっかけを教えてください。
吉田 インターネットがなかった頃は、音楽雑誌のディスク・レビュー・コーナーが大きな情報源だったんです。今、ベース・マガジンでコラム(『映画監督吉田大八のベース懺悔録 ベーシストになれなかった男』)を書いているので、最新号を毎月送ってもらえるんですが、レビュー・コーナーは欠かさずチェックするようになりました。ある号でLITEの『Multiple』(2019年)の不思議なジャケットが目に入って、読んでみたら“なんか好きかも”って思って、聴き始めたらむちゃくちゃカッコよかった。あまり聴いたことがないタイプの音楽かな、と最初は思ったんですけど、ルーツやボキャブラリーの部分に自分の聴いてきた音楽……プログレ、ハードロック、ニューウェイヴなどと共通する匂いを感じて、“こんなバンドがいたんだ!”って興奮しました。ちょうどその頃、『騙し絵の牙』の脚本の追い込み中で、聴きながら書くと捗るような音楽をいつも探すんですけど、今回はLITEがドンピシャでハマった。いつの間にか自分のなかで、映画のストーリーとLITEの音楽が一体になっていったような感じでしたね。
━━舞台挨拶で話していましたが、脚本の作業が追いつかず、初期段階の撮影が一度リスケジュールになったんですよね?
吉田 そうなんです。2019年の1月から撮影を始める予定だったんですけど、2018年の11月頃に、準備が間に合わないから延ばそうと。で、大泉(洋)さんの次のスケジュールが空くのが2019年の11月頃という話だったので、脚本をまたイチから考え直すことにしました。それまでのものは思い切って捨てる、くらいの勢いで。
井澤 その書き直しの間に僕たちが『Multiple』を出したんですかね?
吉田 そうなんですよ、たしか2019年の6月頃でしたよね。もしも映画のスケジュールが延びていなければLITEにお願いできなかったと思うと、ほんとラッキーでした。
井澤 この巡り合わせは、僕ら的にもタイミングがよかったかもしれません。僕らも前作『CUBIC』(2016年)から『Multiple』は2年半ぶりぐらいのアルバムで、時間をかけて作ったのがよかったですね(笑)。まあ、レコ発で日本ツアーと海外ツアーを全部回ると、だいたい1年半〜2年ぐらいかかるんですよ。そこから次のアルバムの作業をするとそれぐらいかかってしまうっていうのもありますけどね。僕らのアルバム制作はいつも数珠つなぎ。前のアルバムを作ったときに“ああ、こういうのやりたかった”っていう後悔が絶対に生まれるので、その後悔から生まれたアイディアを溜めていて。『Multiple』ができたあとも“ああ、こういうのもやりたかったな”っていうアイディアを書き溜めていたんです。その流れのなかで『騙し絵の牙』の話が来て、ちょうどよかったと思います。
吉田 そうだったんですね。
井澤 今回、『騙し絵の牙』のサントラも映画公開と同日にリリースされましたけど、自分としてはLITEの次の作品っていう感覚なんですよね。映画の名前を冠していますけど、LITEの作品の数珠つなぎの先にあることをやっているし、それでいて映画に合わせていくなかで生まれた要素も入っている特別な一枚なので、本当にちょうどよかったと思います。
吉田 映画のなかにも度々登場する “たまたま”っていう言葉があって。“良いたまたま”が連鎖すると良いものが生まれるという感覚が自分のなかにずっとあるんです。今まで作ってきた映画でも、うまくいったときほど“良いたまたま”に出会っていたような気がします。特に今回はインターネットではなく雑誌で、というのもこの映画にふさわしい出会い方だったと思うし、なんだかいろいろ納得しますね。
━━吉田さんは以前、映画を観るお客さんに対して“頭で考えすぎず、感覚的に音楽のように味わってほしい”と言っていました。今作も導入部分から別の場所で起きている出来事をリズミカルに切り替える描写になっていて、そのリズムの小気味の良さに音楽的な要素を感じました。
井澤 展開や構成をそんな風に考えていくものですか?
吉田 意識しているかどうかはさておき、結局いろいろな要素へのこだわり方自体が、音楽的なのかもしれません。ストーリーの構成や編集だけじゃなく、撮影中もセリフの語尾の音の高さとか、タイミングの微妙なズレだったりとか、そういったことがやたら気になるんです。それをエディットするような感覚で現場で演出するから、“監督は細かい”って言われがちです(笑)。俳優の身体や声というナマモノに数字で介入するわけですから。それこそ、LITEはインストゥルメンタルですけど、演奏も生身で行なうものですから、録音の現場をLITEとご一緒して本当に感動したんですよ。これまで映画やCMなどを手がけてきて、それなりにいろいろな音楽録音の現場に立ち会ってきたつもりでしたが、今回は、自分史上最もテイクごとに何を直しているのか見当がつかない現場でした。“さっきのと今のテイク、何が違っていたんだろう?”って(笑)。
井澤 あはは。
━━LITEの面々は、音価やダイナミクスの細かい部分まで追い込むという点で、監督の演出との共通性を感じます。
井澤 たしかに。LITEのメンバーはみんな、プレイのそういった部分にはかなりこだわりがあります。
吉田 LITEほどの完璧主義でなくとも、音楽と比べて、映像における演出の詰め方っていうのはかなり大雑把なのかもしれません。コマーシャルはもうちょっと細かいんですけど、やっぱり映画はより大きなところを見ようとする傾向はある気がします。もちろんそのほうがいい映画もたくさんあるし、8割ぐらい全体が見えていればあとは次に進むほうが士気も上がるっていう現場のマネジメントも理解できるんですが、やっぱり“あとで気になるだろうな”っていうところは残して進めたくないので、そこにこだわっているとテイク数が増えていくんです。でも、LITEの現場を見てちょっと勇気をもらいましたね、まだまだ細かくしても大丈夫だって(笑)。