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自身の“根幹”を見つめて昇華した“令和歌謡”
ロックを軸に置きつつもジャンルにとらわれない幅広い楽曲を展開してきた4人組ロック・バンド、シド。このたびリリースされた11枚目のオリジナル・アルバム『海辺』は、“令和歌謡”をテーマに制作されたものだという。バンドのスタート時点から“昭和歌謡”を彷彿させる音楽エッセンスを取り込んだ哀愁サウンドで人気を博した彼らが、結成20周年を目前に改めて向き合った“歌謡曲”とはどんなものになったのか。メイン・ソングライターのひとりでもあるベーシストの明希に、その制作背景について聞いた。
率先して“実験”するのは自分かなって。
そんな飛び道具的な要素があったほうがおもしろい。
━━新作『海辺』は、“令和歌謡”をテーマに据えつつ、サウンド的にはやはり振り幅のある感じに仕上がっていますね。そしてシドの音楽性には以前から“歌謡曲”の要素も大きかったと思います。改めて、“歌謡曲”とは、具体的に言うとどういった要素が核になるんでしょう?
おっしゃるとおり、単に“メロディ・ライン”って言っちゃうと、もうそこはずっと意識してやってきたものなので、今さら意識する部分は少ないんです。僕も今回、改めて“歌謡曲ってなんだろう?”っていうことを個人的にはすごく考えたんですけど、やっぱり歌謡曲の良さって、聴いて歌いたくなるとか、1回触ったことのあるメロディなんだろうなっていうのがあって、それは触れたことのある“懐かしさ”を帯びているということかなと。その要素を自分のなかで新たなサウンド感とかアレンジでミックスしていくと、今の“歌謡曲”に昇華できるのかなと思いました。これまでのアルバムの取材なんかでは、よく“メロディに呼ばれるアレンジをしました”ってずっと答えてきたんですけど、メロディとは違うところからサウンドが始まって、それでも楽曲としては最終的に同じところに行き着くような、ちょっと違和感のある作り方のほうがいいのかなって思ったんです。
━━なるほど。
僕の作った曲で言うと、例えば「軽蔑」はわりとサビを懐かしい感じのメロディに作ったんですけど、それをちょっと変わった拍に乗せてみたりして、バンドとしてもわりとプログレッシブな部分を出してみたんです。多分、普通にあのメロディだけを聴くと、あのサウンドは思いつかないんじゃないかなっていうのがあって。そういう“違和感”をテーマに曲を構成していった感じですね。その辺のきっかけになったのが「慈雨のくちづけ」で。あの曲は構成が、アタマと最後はサビでもAメロでもBメロでもないメロディがきて、2サビの前にギター・ソロとベース・ソロがあって……っていうように、今までになかった曲になっていると思うんです。「慈雨のくちづけ」は、セオリーを壊しつつ懐かしさを持ちつつっていうのがテーマでしたね。
━━前作『承認欲求』と2020年にリリースしたAKiとしての2ndアルバム『Collapsed Land』のときのインタビューで明希さんが共通して言っていたのが、“自分で作っていたルールやスタイルに固執しない”ということで、そういう何かを変革していく気持ちがずっと続いているんですね。
そうですね。もちろん、同じことを同じように続けていくことで良い作品が生まれている人たちもたくさんいて、それは素晴らしいことだと思います。でも自分の場合は、ソロをはじめとしていろんな表現の場があるなかで、自分の“家”がシドなんですよ。そこに帰ってきたときに、以前と同じ明希じゃダメだよなっていうのがあって。新しい風を吹かすのは俺だろ、みたいな(笑)。だから“壊す”というよりは、率先して“実験”するのは自分かなって。そんな飛び道具的な要素がバンドにあったほうがおもしろいし、それが自分らしさなのかなって思います。
━━「軽蔑」は3拍子と4拍子を行き来する構成ですが、3拍子のところも4拍子っぽく聴かせたりして違和感を生み出しています。
冒頭で言った“メロディに呼ばれたアレンジ”っていうのをやりたくないなと思ったんです。サウンド的に昭和歌謡をキレイに模写しても、“あー、はいはい”って思っちゃうというか、そういうのは散々やってきた感じもあったので。だけどこの曲は、サビを聴いたときに“この感じ懐かしいな”って思ってもらえるメロディにはなっていると思うんです。そういう懐かしいメロディと、それとはまったく違うサウンドを融合させるっていうのが狙いだったんですよね。
━━実際に演奏するとなると、あの3拍子と4拍子の切り替えは少々やっかいかなと思います。
現時点(取材は2月末に行なった)では、まだ4人で演奏していないから、わからないんですけど……(笑)。録っている段階では、まぁ僕は自分で作ったものだし、散々弾いて作り込んでからレコーディングしたので大丈夫だったんですけど、Shinji(g)とゆうや(d)は確かに大変そうでしたね。ちなみに僕は、3拍子で考えるとやりにくいので6で捉えていたりはしています。
━━明希さん作曲の「騙し愛」は、ホーンもフィーチャーしたサウンドも含めて、まさに“歌謡ロック”ですね。この曲はどのようにして生まれたんですか?
楽曲として、“シド感”をもっと足したいなっていうのがあったんですね。この曲のホーン・セクションに対してのあのリズムって、自分ではすごくシドらしいなと思っているんですけど、こういうものをオケ先行で作ろうと思ったんです。だからメロディは、ちょっと“メロディ”じゃない感じがしませんか? メロディ先行で作ると、もっとワビサビがあって、もっと波がある感じになると思うんですけど、この曲のメロディはわりと楽器のテンションに合わせて同じ音が連続することでテンション感が保たれているイメージがあって。あとはヴォーカルとオケの縦が揃っているところも特徴ですね。だから、オケに合わせた楽器のようなイメージのメロディですかね。
━━歌謡曲メロディにそれ以外のサウンドを合わせた「軽蔑」とは逆に、歌謡曲っぽい雰囲気のサウンドにメロディを合わせる作り方だったと。
そういうことですね。オケってメロディを優先しちゃうとどんどん変わっていっちゃうんですけど、オケのテンション感は変えずに良いメロディを探していくみたいな感じですかね。
━━確かにイントロやAメロのベースが、昭和歌謡曲でよく聴くベースのリズムですよね。逆にBメロはメロディアスなラインで、“ロックなシド”の感じなのかなと思いました。
あのBメロは、実はずいぶん前からある別曲のBメロだったんです。そのメロディをマオ(vo)くんがすごく好きだって言っていたのを覚えていて、それを引っ張り出してくっつけたんですよ。その曲自体はインディーズの頃の曲で、多分もうその曲自体は使われることはないと思うんですけど、Bメロだけ良かったから持ってきたんですよね。
━━ちなみにBメロでベースのメロディアスなラインがギターのオブリとつながるように入っているのは意識的なアレンジですか?
いや、僕はあんまり意識していないので、そこはShinji先生の手腕じゃないですかね(笑)。もとのベースは、結構スタッカートな感じを考えていたんですよ。だけどテンポが速くてあんまりスタッカートっぽく聴こえなかったので、なめらかな抜きの感じと裏メロっぽい感じ、カウンターっぽく聴こえるように変更したんです。