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そこにシンベが入るのか生ベースが入るのかは、
表現としてちゃんと意味があります。
━━ベースという観点では、シンセ・ベースの割合も多いですが、これは自然なことだったんですか?
そうですね。今までは、バンド・サウンドだから生ベースを弾くのが当然という感じだったけど、この作品に関しては、そこにシンベが入るのか生ベースが入るのかは、表現としてちゃんと意味があります。自分のベースは歪ませた音だし、エモーショナルな部分、怒りであるとか血が沸き立つものという激しい感情が必要なときに入れていますね。
━━「Chapter 8_WHY DO YOU KNOW MY NAME? ~全てを知っている君は何も知らない~」では、白川(貴善)さんのヴォーカルが入ってくる前半はシンベの低音のロング・トーンで、リズムが展開するところから歪みの生ベースになっています。音色的・演奏的には前半も生ベースで弾けなくはないと思いますが、楽曲における感情の動き的に、切り替わるのが必然であったと。
まさに、そういうことですね。感情のエモーショナルな部分を表現したい場合は生のベースで、より世界観というか、そのシーンや場面を象徴するようなときはシンベ━━あの前半の部分は(ローランドTR-)808とかのキック・ドラムのロング・トーンで、まぁ、結局サイン波なのでシンベと同じですけど━━そういう使い分けは明確にありますね。
━━「Chapter 2_ 閉ざされた扉、その理」はほとんどアナログ・シンセの低音ですか?
はい、生ベースはこの曲に関しては入れていないですね。ここはまだ人間的な感情の爆発が出る場面ではなく、それが出てくるのは次のシーンにしたくて、あえて生ベースを入れていないんです。(コルグ)MS-20をベースというかシンセ・リードみたいな感じで使ったり、あとはサイン波系のものだったりとかをデジタルを含め使っています。
━━後半、キックだけのところにかぶる工事現場のような強烈なノイズ音は、剛士さんなら生ベースで出してもおかしくないなと思っていました(笑)。
なるほど(笑)。そういうノイズ系のコレクションは、サンプルから持ってきたものもあれば、自分が作ったものもたくさんあるので、そういうものを組み合わせて作っていますね。
━━昨今、シンセ・ベースが時代的にまた流行ってきているようにも感じます。
そうですよね。ロック・バンドでもアンサンブルでシンセ・ベースを入れている人も多いと思います。ラウド系だと、ライヴでは普通に弾いているけど、音源だとあえてシンセ系のベースに置き換わっている人もけっこういるし。
━━ステージで鍵盤のシンセ・ベースを弾く人も増えてきましたよね。一方、シンセ・ベースでしか表現できないものはあるにしても、それを生ベースで再現しようという人もいます。そういう意味では、剛士さんは明確に分けているということですね。
自分のなかでは全然別の役割です。そういう意味では、自分のベースの音自体が非常に攻撃的で、それはまたシンセでも置き換えられないものなので。自分のなかでは棲み分けが完全にできていますね。
━━「Chapter 7_ ある日の告白、広がる銀世界 / COLD ARMS」の曲終わり前の低音のリードはアナログ・シンセだと思いますが、これまでの剛士さんの出してきた音のひとつにありそうだなと感じました。
確かにそうかもしれない。あれもMS-20なんですけど、結局、MS-20を同じように歪ませちゃっているような、ノイズをレイヤーで足しているので、方向性としては自分の音に似てますね(笑)。あそこは、ほかに自分のベースでやっていることがあったというのもありますね。
━━リフを弾いているところですね。この曲は静謐な語りとノイズに近いバンド・サウンドを行き来する、まさに“ザ上田剛士の世界”だと思いました。
ありがとうございます(笑)。ストーリー的にも希望みたいなものがちょっと見えるなかでの、でもそれをひっくり返すぐらいの混沌があるっていう、ストーリー的にも重要な部分ですね。