NOTES
この連載では、“ベースを始めたい!”、“ベースを始めました!”、“聴くのは好きだけど僕/私でもできるの?”というビギナーのみなさんに《知っておくと便利な基礎知識》を紹介します。今回は“ベーシストにとって、演奏しながらでも読みやすい楽譜”について考えてみましょう。
はじめに
バンドで既成の楽曲を演奏すると決まったら、構成やフレーズを覚えるか、譜面を用意する必要がありますね。市販のバンドスコアはフレーズの確認には重宝しますが、その多くが数ページにわたるので譜めくりが必要になりますし、リアルタイムで楽譜を見ながら演奏するにはやや無理があるかと思います。
そこで、演奏しながらでも読みやすい楽譜を用意しましょう。でもそういう便利な楽譜はあまり売ってないのです。じゃあどうする? 売ってなければ自分で作るしかない! というわけで、自分で読みやすい楽譜を作成しましょう!
楽譜の種類
楽譜は演奏内容を視覚的に示したもので、五線譜とタブ譜については当連載の第9回『楽譜の読み方』でも簡単に記しましたが、表記方法にはさまざまな形式があり、それぞれ特徴がありますのでいくつか紹介しておきます。ここでは具体的な楽曲を例に、各形式の楽譜を実際にお見せしていきますね(すべて同じ楽曲の楽譜です)。
1:パート譜
ベースが弾くべきフレーズが詳細に記された五線譜です。音符で表記されるので、音程や音価を忠実に表記することができますが、表記された情報から瞬時に音の高さや押さえるべきフレットを判断しなければならず、読み解くのに慣れや訓練が必要ですし、オタマジャクシに苦手意識を持っている方も多いかと思います。
表記の特性上、キー(調性)が明確な楽曲は読みやすい反面、無調性(キーが判然としない楽曲)の楽曲やクロマチック(半音階)なフレーズが多いベース・ラインは読みにくくなりがちです。
また、当然のことながら演奏すべきフレーズが指定されるので、演奏の自由度(表現力とは別)は低くなりますし、詳細なパート譜ほどページ数が多くなる傾向があります。
2:タブ譜(TAB譜)
演奏すべき弦やフレットを直感的に把握できるため初心者でも理解しやすいのが最大のメリットであり、弦や運指などを限定して演奏のニュアンスを譜面に盛り込めるという特性もあります。
フレットを示す数字が羅列されるので、楽曲を音楽的に解釈しにくい(音楽的感性が養われにくい)面は否めず、ちょっとしたアレンジや他楽曲への応用といった発展性がパート譜以上に乏しいのもデメリットと言えるでしょう。
3:サイズ譜(構成譜)
セクションごとの小節数を示した楽譜です。大抵は一本線を小節ごとに区切った楽譜で、おもにレコーディングの際に演奏者とスタッフがダビングや録り直しの箇所を把握、共有しやすくするために作成する楽譜です。
レコーディング・エンジニアやアシスタントがその場で作成することもありますが、楽曲の構成を熟知している楽曲制作者やアレンジャー、演奏者などが事前に作成しておくとレコーディング作業が円滑に進行しますしスタッフにも喜ばれます。
4:コード譜
セクションごとの小節数に加えて各小節にコードを表記した楽譜です。楽曲の構成やサイズについてはサイズ譜ほど明確に表記されないものが多いですが、コード進行を俯瞰で把握し解析したり、コード進行が明確な歌モノでセッション演奏や簡単な伴奏をする際には便利です。
もちろんベースのフレーズは表記されていないので、コードに合ったベース・ラインを考えながら弾けるだけのコード理解と演奏スキルが必要です。
5:リード・シート
一般的には楽曲の根幹となるメロディとコードが各小節に表記されるのがリード・シートで、メロディ譜とも言われます。メロディ部分とコードしか書かれていないものもあれば、イントロからエンディングまでの構成が緻密に書かれているものまで、その情報量や精度はさまざまですが、アンサンブルに参加する演奏者全員が共有することで、メロディを意識した演奏ができますし、セクションごとの練習もしやすくなります。
反面、メロディが書き込まれたリード・シートを見ながらベースを弾くには、コード譜と同様にコードに対する理解と演奏スキルが必要ですし、フレーズや注意事項などを書き留めておきたいときにスペースが少ないのもデメリットと言えるでしょう。
ベーシストにとって便利な楽譜とは?
譜面を書く意味を考える
ベース・ラインが確定していないオリジナル楽曲やセッションなどは大抵上記の「4:コード譜」か「5:リード・シート」の形式で提示されるので、こういった演奏シチュエーションではコード譜による演奏スキルが必須です。むしろある程度スキルがあるベーシストであれば(特にポップスやロック系のジャンルでは)完全なパート譜やタブ譜よりも、コード譜のほうが弾きやすいのではないかと思います。
ベース・ラインが指定されていないコード譜でも、楽曲の基本となるリズムやキメ、要所のリズム・パターンなどが書き込まれていると、より弾きやすくなります。これには音符のタイミングと長さだけを表現するリズム譜による表記が便利です。
演奏しながら読みやすい楽譜について考えてみましょう。楽譜の大きさは譜面台に立てられて、譜めくりが必要ないサイズ、つまりA4サイズ2枚分(見開きでA3サイズ1枚分)がベストでしょう。段数はあまり多くすると読みにくくなるので、1枚につき最大10段くらいが目安かと思います。市販のバンドスコアでは複雑なリピートやコーダを多用した表記が散見されますが、演奏箇所を見失う(ロストする)ようなことがあっては本末転倒なので、できる限りシンプルな構成が望ましいですね。
これらを踏まえて、ポップスやロック系のベーシストが演奏しながら読みやすい理想的な譜面を考えてみると、“サイズが正確で展開が読みやすく、重要なキメや要所となるフレーズが書き込まれたコード譜”ということになるかと思います。
自分で作成する場合は、コードに沿って演奏する箇所はコードのみ表記して空白、リズム指定がある箇所はリズム譜、フレーズが細かく決まっている箇所はパート譜などと使い分けて表記すると良いでしょう。演奏スキルや読譜スキルに合わせて、タブ譜形式など自分なりに読みやすい書き込みを加えるのも良いでしょう。
ところで、自分でこのような楽譜を作成すると、演奏しながら見やすいだけでなく、楽曲を客観的に捉えられるので理解度も高まり、覚えやすくなるはずです。また、既成のバンドスコアがある楽曲でも、改めて自分なりの楽譜を作ることでタブ譜に頼った演奏、なぞるだけの演奏から脱却し、自分なりのフレーズで自由に演奏するためのたたき台になるはずです。オリジナル楽曲を演奏するならコード譜による演奏は避けて通れない道ですし、自分で譜面を作成すること自体が上達の近道になるはずです。
譜面を作成しよう
それでは実際に既存の楽曲から譜面を作成する手順を紹介しましょう。
手書きで作成する場合は、あらかじめ5本の線だけが数段書き込まれた五線紙を用意しましょう。とはいえ、現代では楽譜作成ソフトを活用するのがオススメです。無料のMuseScoreをはじめ、有料のFinale、Sibelius、Doricoといったアプリケーションがあります。最初は操作を覚えるのに手間がかかるかもしれませんが、慣れると手書きよりも作業がラクですし、編集が容易できれいな楽譜が作成できます。
①楽曲の拍子を確認する
楽曲を聴きながら拍数を数えて、拍子を確認します。ポップスやロックでは4/4拍子(1小節につき4分音符4つ)が多いですね。
②セクションごとの小節数をメモする
楽曲を聴きながらセクションごとの小節数をメモ帳などに書き留めます。小節数が分からなくなったり見失ったりする箇所は一時的に拍子やテンポが変更されていることが多いです。注意深く聴いて拍数を確認し、拍子やテンポが変わる箇所もメモしましょう。筆者は電車の移動中などでも作業しやすいので携帯のメモ帳を活用しています。
各セクションには分かりやすいセクション名を付けましょう。市販のバンドスコアではアルファベット順に羅列されたセクション名が多いですが、同じ構成のセクションが繰り返されるときはA、A’、A’’……もしくはA1、A2、A3……などと、セクション名をまとめると読みやすくなります。
ポップスやロック系楽曲の多くは歌い始めのメロディのセクション(箇所)をAメロ、一番盛り上がるセクション(つまりサビ)をCメロ、Cメロに繋がるセクションをBメロとして、これらに前奏(Intro)、間奏(Inter)、後奏(Outro, Ending)といったセクションで構成されることが多いですね。セクション名はサビをCHORUS、BメロをBRIDGEと表現する英語圏での略称でもあります。AメロはVERSEですが、そこは“V”ではなく“A”を使うのが慣例です(笑)。
③リピート、ダル・セーニョ、コーダを検討する
各セクションの小節数を読み取ると、繰り返しの箇所やセクションの変形箇所も判明するかと思います。楽譜作成ソフトの場合は、頭から終わりまで、すべてのセクションを書きこんでから、最後にレイアウトを整えることも容易ですが、手書きの場合は修正が面倒なので、この段階で全体の段数を減らしつつ、読みやすいレイアウトとするためにリピート、ダル・セーニョ、コーダといった記号を使った表記を検討しましょう。
④五線譜にセクションを書き込み、小節を区切る
メモを参考にセクション名を書き込み、1段につき4小節もしくは8小節などキリの良い小節数で区切っていきます。各セクションはなるだけ段の途中から始まらないほうが見やすいので、5小節や1/2小節など、小節数がイレギュラーなセクションは全体の段数を考慮しつつ、1段に収めるか、段を改めて右側を空きスペースにするなどして見やすくレイアウトしましょう。
⑤コードを書き込む
楽曲のキーを判別し、各小節にコードを書き込みます。キーとコードの判別方法については別の機会に解説しようと思いますが、耳コピのスキルがある方は楽曲と一緒に色々なキーでメジャー(マイナー)・スケールを弾くとキーが見つけられるかと思います。コードのルート音は楽曲と一緒にベースを弾くと見つけやすいですが、コード自体はギターや鍵盤楽器など和音を出しやすい楽器を弾いたほうが見つけやすいかと思います。
コードの判別スキルがない方はコードが併記される歌詞サイト(“楽器.me”、“U-フレット”など)を活用するのがオススメです。各サイトのコード表記は正確ではないこともありますが、参考にはなるかと思います。これらのサイトはキーが変更(カポ指定)でき、演奏しやすいキーがプリセットされていることがあるので、まずは原曲と表記のキーが合っているか確認しましょう。
⑥キメやブレイクなどを書き込む
ベースが合わせる必要があるキメやユニゾン・フレーズなどを書き込みます。必要に応じてリズム譜やパート譜による表記を使い分けましょう。
⑦体裁を整える
タイトルやページ数、テンポなど必要な情報を記入します。ページ数は全体の枚数が分かるように分数で表記するのがオススメです。楽譜作成ソフトの場合は最後に各ページの段数、レイアウトなどを整えましょう。最後にもう一度ミスがないか確認したら完成です。
最後に
アンサンブルで演奏する際には楽譜が“共通言語”として活用されることもありますし、自分だけが読みやすい譜面よりは誰もが読みやすい譜面を作成しましょう。完成した楽譜には必要に応じてダル・セーニョやコーダの行先、注意事項などを蛍光ペンで記入するとさらに読みやすく、演奏時のミスも減るでしょう。
ちなみに筆者が経験してきたセッションやバンド演奏では、今回作成したような体裁の楽譜を使うことが多かったのですが、こういう楽譜の正式名称はなんでしょうね(笑)。リード・シートのような気もするけどメロディは書いてないことが多いし、コード譜というには内容が詳細だし……。筆者的には“楽譜”って言うとコレなんです。
◎講師:河辺真
かわべ・まこと●1997年結成のロック・バンドSMORGASのベーシスト。ミクスチャー・シーンにいながらヴィンテージ・ジャズ・ベースを携えた異色の存在感で注目を集める。さまざまなアーティストのサポートを務めるほか、教則本を多数執筆。近年はNOAHミュージック・スクールや自身が主宰するAKARI MUSIC WORKSなどでインストラクターも務める。
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