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直線的なキックパターンなのに粘っこいグルーヴ【鳥居真道の“新譜とリズムのはなし”】第8回:ドニー・ベネット、エマ・ジーン・サックレイほか
- Text:Masamichi Torii
- Illustration:Tako Yamamoto
トリプルファイヤーの鳥居真道が、世界中のニューリリースのなかからリズムや低音が際立つ楽曲をセレクトし、その魅力を独自の視点で分析する連載「新譜とリズムのはなし」。今回は8月〜10月にリリースされた注目の5曲を紹介していきます。(編集部)
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第8回
目次
⑤ Emma-Jean Thackray- Save Me (Radio Edit)
◎お知らせ
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① Bardo – Ámame
非英語圏で作られた往年のディスコ・チューンを彷彿
昨年、無期限の活動休止に入ったチカーノバットマンのヴォーカリスト、バルドがLAのレーベル、ストーンズ・スローから『Transformation Time』を8月にリリースしました。今回取り上げる「Ámame」はそのなかの一曲です。まず、ジャケットがビリー・ジョエル『The Stranger』のパロディになっているのが気になります。
「Ámame」は4つ打ちのディスコ・チューンですが、本場アメリカ産ディスコというよりも、非英語圏で作られた往年のディスコといった趣を感じます。ひょっとすると日本のシティ・ポップの影響があるのかもしれません。スペイン語で歌われていますが、そこはかとなくアジアっぽいバイブが漂っています。
パキッとしたドラムと輪郭がはっきりくっきりしているベースのアンサンブルが耳に心地よい。腹持ちが良さそうな重量感があるグルーヴです。休符の使い方、隙間の生かし方もまさしく粋。私は本当にこういうベース・ラインが大好きでたまりません。クレジットを探してみましたが、見つからなかったので誰がベースを弾いているのかわかりませんでした。ストーンズ・スロー周辺のLAのミュージシャンなのかな、と予想しています。
② Donny Benét- School’s Out
ビジュアルでは笑いを取りに来ているが、ベーシストとしては腕利き
イタリア系オーストラリア人のマルチプレイヤー/ソングライター/ヴォーカリストのドニー・ベネットの最新シングルです。来年1月26日にリリースされるインスト・アルバム『il Basso』からの先行カットです。「il Basso」とはイタリア語で「低音部」を意味します。ベースがフィーチャーされたアルバムなのかもしれません。
ベネットといえば、2017年の「Konichiwa」という曲が、2020年にザ・ウィークエンドのプレイリストに取り上げられたことで知名度を上げた人物です。エセ日本風の部屋で『マイアミ・バイス』風の出で立ちのベネットがシャンパンを飲むというMVも話題になりました。ヨット・ロックやフュージョン、スムース・ジャズなどエイティーズのカルチャーをパロディにするような作風で知られています。
「School’s Out」は重たいスラップ・ベースをフィーチャーした往年のフュージョンを感じさせる曲です。ベースは本人が弾いています。もともとジャズ・ベーシストとしてキャリアを始めたようなので、彼にとってはベースがメインの楽器なのでしょう。ビジュアルでは笑いを取りに来ているベネットですが、ベーシストとしては腕利きで、キャッチーかつ粋なフレーズを量産しています。
音作りの質感でいえば、アメリカのフュージョンよりも日本のフュージョンのほうが近いといえます。初期カシオペアを参考にしている気がしてなりません。
③ Thandii – You Got It
直線的なキックパターンなのに粘っこいグルーヴ
イギリス・マーゲイト出身のデュオ、タンディの新作『FREE UP』からの一曲。キックの連打がノイのようなハンマービートを連想させつつも、まったく別物なのがユニークです。また、“カカッカカッ”という鋭いウッドブロックがアフロビート的です。ドラムとベースのループを土台にして、その上にシンセのパッドやジャズっぽいピアノなどを重ねています。場面ごとにレイヤーを変化させて構成にメリハリをつけています。ヴォーカルのメロディやリヴァーブ処理などは明らかにハウスのマナーです。“ミニマルだけどなんでもアリ”なのがタンディの作風だと言えるでしょう。
ハンマービートと同様の直線的なキックパターンにもかかわらず、グルーヴが粘っこいのは、ベースのフレーズがファンク的だからです。3-2クラーベの前半をトレシージョと呼びます。“カツツカツツカツ”というパターンです。「You Got It」のベースのリズム隊は、このトレシージョのバリエーションだと言えます。太くて厚みのあるトーンもグッドです。
ベース奏者の名前はクレジットされていませんでしたが、MVではデュオの片割れ、グレアム・ゴドフリーが弾いています。プロのドラマーとしても活動するミュージシャンで、マイケル・キワヌカやリトル・シムズの作品にも参加しています。
④ MICHELLE – Kiss/Kill
活動休止前ラストEPより、フリートウッド・マックを思わせるキュートな楽曲
MICHELLEはニューヨークを拠点とするインディ・ポップ/R&B系ミュージシャン6人によるコレクティブです。アルバム・デビューは2018年。そして今年9月にリリースされたEP『Kiss/Kill』をもって無期限の活動休止に入るとのことです。今回取り上げるのはそのタイトルトラックです。
リバイバルを通り越し、“スタンダード中のスタンダード”となったと言って過言ではない『噂』前後のフリートウッド・マックをどことなく思わせるキュートな曲です。ウォームなトーンのベースが、歯切れの良いアコギのバッキングをボトムから支えています。しかるべきタイミングで引いたり、押したり、ひっこんだり、前に出たりするプレイはハイセンスとしか言えません。こちらを弾いているのはMICHELLEのメンバーのチャーリー・キルゴアです。ジャケットの中央でベースを抱えているのが人物です。この曲ではアコギもエレキもベースもすべて彼が演奏しているようです。
⑤ Emma-Jean Thackray- Save Me (Radio Edit)
ラディカルなJB風ファンクの解釈
イギリス・ヨークシャー出身で現在はロンドンを拠点に活動するマルチプレイヤーでプロデューサー、ソングライターのエマ・ジーン・サックレイが今年の4月にリリースした『Weirdo』収録の「Save Me」をラジオ用にエディットしたシングルです。元のトラックが4分51秒だったのが、3分46秒にエディットされています。こちらが9月26日にリリースされました。
「Save Me」は、ドラムからパーカッション、エレピ、シンセ、ギター、ベースまですべての楽器をサックレイが演奏しています。ミックスも本人によるものです。ドラムのビートは4つ打ちですが、フェラ・クティに代表されるアフロビート的なバイブスが漂っています。ベース・ラインはジェームズ・ブラウンのバックバンドに所属していた頃のブーツィー・コリンズを連想させます。具体的には「Get Up (I Feel Like Being a) Sex Machine」のベース・ラインです。しかし、サックレイはド頭の1拍目を休符にしているので、“ザ・ワン=1拍目”にうるさいJB風ファンクの解釈としては、ラディカルだといえそうです。
◎Profile
とりい・まさみち●1987年生まれ。 “高田馬場のジョイ・ディヴィジョン”、“だらしない54-71”などの異名を持つ4人組ロック・バンド、トリプルファイヤーのギタリスト。現在までに5枚のオリジナル・アルバムを発表しており、鳥居は多くの楽曲の作曲も手掛ける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライヴへの参加および楽曲提供、音楽関係の文筆業、選曲家としての活動も行なっている。最新作は、2024年夏に7年ぶりにリリースしたアルバム『EXTRA』。また2021年から2024年にかけて、本誌の連載『全米ヒットの低音事情』の執筆を担当していた。
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