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【独占取材】ダークグラス開発者が語る、Anagramの真価とブランド哲学「目標はギタリストとの“格差”をなくすこと」
- Interview:Akira Sakamoto
- Photo:Chika Suzuki
革新的なマルチ・エフェクト・ユニット Anagramをはじめ、モダン・ベース・サウンドの定義を塗り替え続けるダークグラスエレクトロニクス。常にベース・シーンをリードし続ける彼らが今、見据えている地平とはどこか。
今回、来日のタイミングに合わせ、ブランドの核心を担うマネージング・ディレクターのマルコス・バリラッティ氏【写真:左】と、各モデルのデザインを手掛けるフランコ・アソカル氏【写真:右】への独占インタビューを敢行。ブランド概念の再考のほか、Anagramの裏側に至るまで、多方面からダークグラスの魅力に迫っていく。激変する音楽シーンのなか、ダークグラスが守り続ける哲学と、次世代のベーシストに提示する“新たな回答”とは。
今はまだ、Anagramの可能性のほんの表面を引っ搔いた程度
——ダークグラスの個性のひとつが、ベース用の機器に特化している点です。ブランドが知られるきっかけになったのも、ベース用プリアンプ/ディストーション・ペダルのMicrotubes B7Kでしたが、まずはブランド設立の経緯についてお話いただけますか?
マルコス 私はアルゼンチン、フランコはチリの出身で、私自身はギターやキーボードも弾きますが、バンドではほぼベースを弾いています。私が子供の頃には、ギタリスト用の機材はエフェクターもたくさんあったし、アンプも素晴らしいものがあったのに、ベース用の機材と言えば楽器とケーブルぐらいで、アンプは既存のもので満足しなければなりませんでした。
ですから、ダークグラスにとって重要な製品であるB7Kを発売した時の私たちの目的は、そういったギタリストとベーシストの“格差”をなくすというところにありました。ベーシストがサウンドを追求するためには、ギター用の機材を応用するしかありませんでしたからね。その後はベース用の機器を手掛けるメーカーがいくつか出てきましたが、アルゼンチンでは知られていないか、製品の入手が難しかったのです。
そんな状況を打開するために、ダグラス・カストロが設立したのがダークグラスエレクトロニクスというブランドで、ディストーションも既存の回路をコピーした上で、よりモダンな要素を加味して、ベーシストのために新しいツールを提供しようとする製品でした。
——既存の回路をコピーしたとのことですが、初期のB7Kはヘヴィに歪ませても音が濁って抜けが悪くなるようなことがないという点で、従来のものとは一線を画すペダルだという印象でした。
マルコス 既存の回路をコピーしたのはあくまでもエレクトロニクスの勉強のためで、そこから得た知識を基に、求めるサウンドのペダル、すなわちミックスの中でもベースの音が埋もれずに抜けが良いものを開発したということです。B7Kによって、多くのベーシストが存在感を発揮できるようになったと思います。
——当時、B7Kを開発するにあたって、どのような点で苦労しましたか?
マルコス 当初の目的は、ダグラス自身や彼の出身であるチリのミュージシャンたちが満足できるようなペダルを作ることでしたが、目的に叶って商品としても有望なプロトタイプが完成するまでには、多くの試作を重ねる必要がありました。また、ブランドやB7Kの存在を広めるためには、地元のアーティストたちの支持や協力も必要でした。最初はハンダ付けなどの作業も彼がひとりで行なっていたので大変でしたね。
——ペダルだけでなく、アンプ類の開発も最初から視野に入っていたのですか?
マルコス いいえ、全く考えていませんでした。最初の目的は、ディストーション・ペダルを作るということだけでした。B7Kの人気が高まる頃には、彼を手伝う人たちもいて、より深くトーンの探求を進める必要があると感じたのです。
B7Kは主に、ヘヴィ・ロックやメタル、プログレッシヴ・ロックなどの分野で人気がありましたが、そういったアーティストたちからは、それまで顧みられていなかった新鮮なアイディアのフィードバックをもらうようになったんです。その意味で、B7Kの発表はとても良いタイミングが重なったと言えると思います。
——ダークグラスのペダルは全てバッテリーを使用せず、電源はACアダプターのみですが、これにも当初から理由があったのでしょうか?
マルコス 使用面、環境面、回路設計面など、いろいろな理由がありました。回路部品には従来のスルーホール・タイプのものを使用していて、内蔵するバッテリーのために回路基板のスペースが取られるのを嫌ったということもありましたし、何かの問題解決のためにバッテリー動作が望ましいということもなく、結果的にバッテリーはもはや不必要という結論になったんです。性能の低いバッテリーはトーンに影響しますしね。
——より多彩なトーンを、という需要に応えて、当初は純粋なアナログ機器のラインナップに、Aggressively Distorting Advanced Machine(ADAM)のようなプログラム機能や、Ultra with Aux inシリーズのIRといった、デジタル技術を取り入れた製品も加わるようになりましたね。
マルコス 最初にIRを採用したのはB7K Ultraでした。もともとB7Kはイコライザー部分の評判も良くて、イコライザーを単独で使って他のディストーションと組み合わせて使うユーザーがいたほどだったのですが、さらにIRもあると良いという意見が多かったので、その要望に応えたUltraラインを開発したわけです。それから間もなく、IRがサウンド創りに大きな役割を果たすことを認識した私たちは、独自のIRも提供するようになり、イコライザーやDI機能を持ったヘッドフォン・アンプのElementも発売しました。
Elementの開発は、オーディオ・インターフェイス機能やBluetoothによるペアリング機能といった、私たちにとって新しい技術を取り入れるきっかけにもなったので、私たちにとってもひとつの転機となる製品だと言えるでしょう。そして、プログラムできる機能をさらに増やしたADAMやAlpha-Omega Φoton、Microtubes Infinityといったペダルもラインナップに加わりました。
これらはどれも、ユーザーからのフィードバックに応えた製品で、私たちも開発を通して成長できましたし、デジタル技術を取り入れて自分たちがどんな製品を開発したら良いのかという方向性を見出すこともできました。
——デジタル技術を取り入れるために、エンジニアも新たに採用したのでしょうか?
マルコス はい。ベース用のアナログ・ブティック・ペダルやアンプのメーカーだった私たちは、デジタル技術の高い知識を持ったコーディングの専門家を雇い入れて、アナログとデジタルの両方の知識を持ったテック・カンパニーへと変貌を遂げたのです。
——ダークグラス製品の開発にあたっては、元ペリフェリーのアダム・“ノリ―”・ゲットグッドの協力も重要な役割を果たしていると思いますが、彼が開発に関わるようになった経緯を教えてください。
マルコス ノリ―はもともとB7Kのエンドーサーで、オンボード・プリアンプB2M2 Tone Capsuleのイコライザーの仕上げにも協力してくれていました。彼自身はミュージシャンやベース・プレイヤーとして優れているだけでなく、ギタリストでもあり、素晴らしいプロデューサーでもあります。
また、彼は技術面の知識も豊富で、自身のIRも作成しているほどだったので、そのサウンド創りに関するノウハウを1台のペダルに凝縮することに挑戦してみないかという私たちの提案を受けてくれて、最初のプログラマブル・ユニットとなるADAMが誕生し、彼のおかげで大成功を収めました。
——B7K以来、ダークグラス製品はそのデザインも個性的ですが、外観やユーザー・インターフェイス(UI)のデザインには、どのようなこだわりがあるのでしょうか?
マルコス その質問には、隣にいるフランコに答えてもらいましょう。彼がいなければ、ダークグラスのデザインは今のものとは全く違うものになっていたはずですから。
フランコ 製品を人々にアピールするには、UIやユーザー・エクスペリエンスといったデザイン面の要素はとても重要です。ですから、私たちは全ての製品について、様々な可能性を探りながらデザインを決めています。
——製品デザインで大きな影響を受けたデザイナーやアーティストはいますか?
フランコ そうですね、アップルの製品やドイツの工業デザイン、あるいはロシア製品のデザインなど、日本製品も含めて世界中のデザインを常に参考にしていますが、影響を受けた人を挙げるとすれば、ドイツの工業デザイナーのティーター・ラムス(Dieter Rams)です。彼が60~70年代に手掛けたシンプルなデザインは好きですね。
——なるほど。そうしたダークグラスの技術の粋を集めた新製品が、マルチ・エフェクト・ユニットのAnagramということになりますが、あなたはスクリーン表示のデザインも手掛けているわけですか?
フランコ そうです。ソフトウェアのUIばかりでなく、各エフェクト・ブロックの3Dアイコンやハードウェア全体のデザインも担当しています。
——ElementやADAMなどのタッチ・スライダーの採用もあなたのアイディアですか?
フランコ そうです。従来のスライダーを使うことも考えましたが、特別なデザインにしたかったのと、従来のスライダーよりも耐久性が高いという理由でタッチ・スライダーを採用しました。
Anagramは“ベース特化の”マルチ・エフェクターから、多用途のマルチ・エフェクターに

——現在、マルチ・エフェクト・ユニットは他にも様々なメーカーから様々な価格帯のものが出ていますが、Anagramはどのような点でユニークなものを目指して開発されたのでしょうか。
マルコス ダークグラスの目標はギタリストとベーシストの“格差”をなくすことだと最初に言いましたが、近年になって、その格差はむしろ拡大していると感じていました。なぜかと言うと、デジタル・シグナル・プロセッサー(DSP)やそれらのプロセッシング・パワー、ディスプレイのデザイン、IR、モデリング、プロファイリングといった新しい分野において、ギタリストのほうが明らかに優遇されてきたからです。
ベースに焦点を当てたものはほとんどなくて、ベーシストたちは高いお金を払ってギター用のマルチを買い、ほんの一部だけベースのために割かれた機能を利用するしかありませんでした。そこで私たちは、ベースを中心に据えたマルチ・エフェクターを提供できるメーカーがあるとすれば、それはダークグラスだと考えたのです。
これまでにデジタル技術の経験やエフェクトのモデリング・データなどが蓄積してきたことを考えれば、それらを活用するためにも私たち自身のマルチ・エフェクターが必要になることは目に見えていました。
——他社製品との差別化という面についてはどのように考えていきましたか?
マルコス もちろん、格差をなくすだけではなく、他とは違うものにしたいとも思っていました。他社の製品も素晴らしいと思いますし、尊敬できる部分も多々ありますが、やはり自分たちが作るのであれば、自分でもお金を払って買いたいと思うようなものでなければなりません。そのためにはいろいろな選択をしなければならず、困難な選択もありました。
まず、製品を動作させるにはオペレーティング・システム(OS)が必要ですが、当初は自分たちで使えるOSがありませんでした。また、様々な技術的困難を克服するための方法を見つけるのにも何年かかかりましたが、困難を克服してOSが見つかってからは、Anagramのコンセプトを決定して商品化するのに1年かかりませんでした。
——1年かからなかったというのはすごいですね。
フランコ 最初のプロトタイプが完成したのは1年ぐらい前でしたから。
マルコス そうそう。それから製品が入手可能になるまで、わずか7ヵ月でした。別の会社の協力を得て技術的な困難を克服してOSが決まってからが速かったですね。
——Quad Cortexを発売しているNeural DSP社とは何らかの協力関係があったのでしょうか。
フランコ Neural DSP社とは今でも良好な関係でいますが、Anagramの開発についてはリソース面でも技術面でも、一切協力関係はありません。
——マルチ・エフェクターの開発にあたっては、人気のあるヴィンテージ・ペダルのサウンドをどこまで正確に再現するかも重要なポイントだと思いますが、Anagramでもその点は重視していますか、それとも、ベースに特化したエフェクトの開発に重点を置いていますか?
フランコ それは場合によりけりです。長年にわたって高く評価されたペダルについては、出来る限りモデリングやプロファイリングなどを正確に行おうとしていますが、たとえばアンプのシミュレーションなどは、私たち独自のやり方でベースに特化した処理にしたり、ブロックごとの機能をAnagramにとってより意味のある形で取り出せるように工夫したりしています。Anagramの発売以前に取り揃えていたIRなどは、Linux環境に最適化する以外はそのまま利用しています。

——AnagramのOSはLinuxなんですか?
フランコ そうです。AnagramではOSにLinuxを使っているので、機能としてはベース用マルチ・エフェクトという枠に縛られていません。今後は外部の開発者も取り込んで、Linuxのモジュラリティを利用した、より幅広い用途も視野に入れています。Linux用のアプリを走らせることも可能ですし、LinuxベースのDAW用のプラグインもAnagram内で動作可能です。
——なるほど、それはすごい。
フランコ 開発者が個々に開発してアップロードしたコンテンツを、誰でもダウンロードして自分のAnagram内で利用できるようにするための、マーケットプレイスも近々開設する予定です。つまり、Anagramが私たちと外部の開発者のハブとしての役割を果たすようになるわけで、私たちはとてもワクワクしているんですよ。外部開発者の協力によって、Anagramがベースに特化したマルチ・エフェクターから多用途のマルチ・エフェクターに変貌するんですからね。
——開発者向けのツールキットも用意しているわけですね?
フランコ もちろんです。ソフトウェアの開発キットを提供するだけでなく、個人でプラグインを開発して、無料でも有料でも配布できるようにする予定です。すでに何人かの開発者に話をしていますが、みんな大いに乗り気になってくれています。
マルコス スマホのアプリと同じような感じです。
——Anagramもスマホのアプリでプログラムできるようになりますか?
フランコ 今のところはIRやNeural Amp Modeler(NAM)のロードなどをダークグラス Suite経由でしか行えませんが、AnagramはBluetooth対応なので、近々アプリからでもエディットできるようにする予定です。NAMについては、Anagram本体でアンプのキャプチャはできないのかという問い合わせもあります。技術的には可能なのですが、ゼロからキャプチャするには強力なデスクトップ・コンピューターのプロセッシング・パワーが必要ですし、正確なキャプチャのためにはオーディオ・インターフェイスなどのクオリティも重要です。
Anagramはコンバートしたデータではなく、スタンダードのデータをそのまま利用できるだけのプロセッシング・パワーを持っていますが、本体でのキャプチャ機能については搭載していません。キャプチャ・データの作成はどんどん進んでいるので、利用環境としては充実しつつあります。
メタル系のブランドというイメージが強くなった面もあって、それはちょっと偏ったイメージだと感じていたんです。
——UIについてですが、個人的には6バンド・パラメトリック・イコライザーを、ディスプレイ上のグラフで周波数特性を見ながら調節できるのが便利だと思いました。
フランコ 現状、あのパラメトリック・イコライザーはグローバルですが、ユーザーの要望を取り入れて、もうすぐエフェクト・ブロックとしてプリセットの中でも使えるようになります。
——それは良いですね。では、ダークグラスというブランドはベース・プレイヤーに広く知られるようになって10~15年になりますが、製品のどのような部分が最も評価を得たと思いますか?
フランコ 私たちは当初、創立者の音楽のテイストや、会社が拠点を置くフィンランドという土地柄などの理由で、メタル系のプレイヤーの間で評価を得ました。彼らはクリーンなサウンドよりもトーンを探求していて、そのために様々なペダルを試していて、私たちもその中で知名度を上げていきました。これは素晴らしいコミュニティで、彼らのトーンの探求心も旺盛なのですが、そうであるがゆえに、メタル系のブランドというイメージが強くなった面もあって、それはちょっと偏ったイメージだと感じていたんです。
ダークグラスではとても優れたプリアンプやベース・アンプも作っていますし、イコライザーは幅広い音楽に対応できますからね。ですから、私たちはAnagramをあらゆるベーシストはもちろん、あらゆるギタリストにも活用してもらえる製品としてアピールしたいと思っています。私たちはベースに特化した会社から、より幅広いユーザーにアピールできる会社へと変貌を遂げました。優れた道具を提供して、ユーザーの皆さんにはそれで音楽を創っていただけると考えています。
——あらゆるジャンルの音楽で。
フランコ その通りです。私自身もメタルのプレイヤーではありませんし、Anagramをジャズやポップス、R&Bなど、あらゆる音楽のプレイヤーに使ってもらいたいと思っています。50年前にはベースのスタイルも画一的でしたが、今では才能豊かで様々なスタイルのベーシストが出てきています。50年前にはギターを弾くのがセクシーだったのが、今はベースを弾くのがセクシーな時代ですから(笑)。
——Anagramに続くダークグラスの新製品の予定はありますか。
フランコ 私たちは単体のアナログ・ペダルの開発も続けていますし、ユーザーからのフィードバックにも注意を払っています。デジタル技術が発達して、アンプを使わずにIRやFRFR(Full Range Flat Response)システムを利用するプレイヤーも増えてきましたから、そうしたセグメントに向けたパワー・アンプの開発も視野に入れています。
とはいえ、ダークグラスはAnagramの開発で大きく変わりました。ダークグラスにAnagram以上の影響を与えた製品はないほどですから、現状ではAnagram関連の開発に注力するのが良いと考えています。今はまだ、Anagramの可能性のほんの表面を引っ搔いた程度ですからね。
——今、FRFRの話が出ましたが、ベース用のFRFRシステムの開発には興味ありませんか? FRFRは一時期注目されて、アンプ内蔵のスピーカー・システムを発売したメーカーもありましたが、ほどなく製造中止になって、ベース用については立ち消えになったような印象があるのですが。
フランコ 個人的には魅力的な分野ですが、現時点では開発に着手する予定はありません。アイディアとしては完全に捨て去るつもりはありませんし、実を言うとプロトタイプを作ったこともあるんですよ。
——そうだったんですか!
フランコ ええ、FRFRシステムのプロトタイプを作りはしましたが、どうしても気に入らず、それ以上の開発は断念しました。現在の問題を解決するには、スピーカー・ユニットの技術的で何らかのブレイクスルーが必要だと思っています。今私がステージでベースをモニターするなら、個人的にはFRFRではなくて小型のコンボ・アンプを使いますね。
——なるほど。いずれにせよ、Anagram本体のポテンシャルはまだまだ発揮する余地が残されているということですね。
フランコ はい。Anagramのハードウェア仕様は、5年後、10年後に新しい何かが開発されても走らせることができる、というのを前提に決定していますから。

