NOTES

UP
第6回:“踊れる音楽”の必要条件とは何か?【鳥居真道の“新譜とリズムのはなし”】
- Text:Masamichi Torii
- Illustration:Tako Yamamoto
トリプルファイヤーの鳥居真道が、世界中のニューリリースのなかからリズムや低音が際立つ楽曲をセレクトし、その魅力を独自の視点で分析する連載「新譜とリズムのはなし」。今回は7〜8月にリリースされた注目の5曲を紹介していきます。(編集部)
◎連載一覧はこちら。
第6回
目次
② The Altons – Love You Like That
①Whitney – Dandelions
ベースが音価の長いフレーズを演奏する理由
ジュリアン・アーリックとマックス・カケイセックのふたりが率いるシカゴのインディ・バンドのホイットニーのシングルです。11月にリリースされる『Small Talk』からの先行カットとなっています。ホイットニーの魅力が詰まったうえに、これまで以上に華やかな仕上がりです。
長きに渡りバンドのサポートを務めてきたマルコム・ブラウンがベースを担当しています。彼はマルチプレイヤーで、普段は鍵盤を演奏することが多いようです。グルーヴを維持しながら、ベースの美味しい帯域を常に一定量供給し続けるようなオーソドックスなアプローチの演奏です。
フェイ・ウェブスターの北米ツアーで2度もオープニング・アクトに指名されたmei eharaに同行してアメリカの大きな会場で何度もライヴをするという貴重な経験をしました。大観衆を相手にライヴをするフェイたちの演奏を聴いて痛感したことがあります。それは、ロー・ミッドを供給し、迫力を出しつつ、お客さんたちをプッシュして揺らすことがベースの役割だということです。
この「Dandelion」のように、ギターが中心のアンサブルにあって、ベーシストがしばしば音価の長いシンプルなフレーズを演奏するのは、理由があってのことなのだな、と改めて認識した次第です。
② The Altons – Love You Like That
サマーチューンを彩る“緊張と脱力”のベース・ライン
〈ビッグ・クラウン〉や〈コールマイン〉と並び、オールドファッションなグッド・ミュージックを届け続けるレーベル〈ダップトーン〉のサブレーベル〈ペンローズ〉所属のジ・アルトンズのサマーチューンです。ロサンゼルスのバンドらしく、ウォームでカラフルでカラッとした仕上がりとなっています。優しい陽光が目に浮かぶようなサウンドです。ヴォーカル、アドリアナ・フローレス(Adriana Flores)の歌唱も涼しげ。
ベースを弾いているのは、メンバーのクリス・マンジャレズ(Chris Manjarrez)です。とにかくドラムとのコンビネーションが抜群ですね。特にキック。リズム体の演奏には、まるで温泉に浸かっているかのような心地よさがあります。
ベースのフレーズを細かく見ていきます。マンジャレズはまず、音価を長めに取り、スムーズな流れを演出して、リスナーを良い気持ちにして油断させます。そこに突如、短い音価をぶっ込むので、リスナーはハッとします。さらに、2小節単位でループするフレーズの前半と後半で短い音価を挿入するタイミングを変えています。緊張と脱力の押し引きでメリハリをつけているのです。
③ Thee Marloes – I’d Be Lost
インドネシア出身バンドによるブラジル風味のソウル
インドネシア第二の都市、スラバヤ出身のR&B/ソウル・バンド、ジ・マーローズのサマーチューンです。彼らは〈ビッグ・クラウン〉に所属しています。昨年の10月に来日公演を行なったことも記憶に新しい。
ガット・ギターを使ったブラジル風味のソウルといった涼しげなアレンジとなっています。粘っこいグルーヴもブラジルっぽさを感じます。ベース・ラインもルートに対して、メジャー・セブンスやナインスを使っており、メロウかつ洒落た印象を与えます。演奏者のクレジットは確認できませんでしたが、前例からしてバンドのギタリストのシナトリヤ・ダラカ(Sinatrya Dharaka)がベースを弾いているのかもしれません。
ベースのリズムは、あまりかっちりしておらず、どちらかといえば、べたっとしています。曖昧と言っても良いかも知れない。それがむしろ、炎天下のプールサイドに生じた陽炎を思わせて、夏っぽさをさらに強調しているようにも感じます。
④ Editrix – The Big E
ジャン=ジャック・バーネルやルー・バーロウを連想するピック弾きスタイル
マサチューセッツ州イーストハンプトンを拠点に活動するロック・バンド、エディトリックスの新作『The Big E』のタイトルトラック。エクスペリエンス・トリオなどとしばしば形容されます。所属レーベルは〈ジョイフル・ノイズ・レコーディングス〉。エディトリックスを前座に起用したこともあるディアフーフも所属するインディアナポリスのインディーレーベルです。私は前作『Editrix II: Editrix Goes To Hell』が大好きでよく聴いていました。2022年に一番聴いたアルバムです。
フガジやジーザス・リザードを思わせる無骨なリズム隊に、ソロでも活躍中のウェンディ・アイゼンバーグのトリッキーかつキュートなギターとヴォーカルが絡みます。この組み合わせがおもしろい。ディアフーフが気にかけるのも納得の音です。
ベースはスティーブ・キャメロンです。それがまるで弦の太いギターであるかのように、ピックを使ってゴリゴリと弾く彼のスタイルは、ストラングラーズのジャン・ジャック・バーネルやダイナソーJr.、セバドーのルー・バーロウを連想します。
⑤ Mocky – Music Will Explain
“踊れる音楽”の必要条件とは何か?
カナダ出身のシンガーソングライター/マルチプレイヤー/プロデューサーのモッキー。6月27日にLAでもっともクールなレーベル〈ストーンズ・スロウ〉からリリースされた新作『Music Will Explain (Choir Music Vol. 01)』のタイトルトラックです。モッキーは現在LA在住で、新作にはLAのミュージシャンたちがゲストに参加していますが、ベースを演奏しているのはモッキー本人です。
「枯葉」や「Sunny」のような哀愁漂うコード進行のダンス・チューンです。タイムコントロールの繊細さは鳥肌ものです。身体を前後左右上下に振り回されているかのようで、踊らずにはいられません。“踊れる音楽”の必要条件は何か。音楽が踊っていることだと私は答えます。要するに、音そのものが躍動していなければ、踊れる音楽にならないということです。そして「Music Will Explain」のベースはまさに躍動しています。運動そのものを音で見事に表現しています。
◎Profile
とりい・まさみち●1987年生まれ。 “高田馬場のジョイ・ディヴィジョン”、“だらしない54-71”などの異名を持つ4人組ロック・バンド、トリプルファイヤーのギタリスト。現在までに5枚のオリジナル・アルバムを発表しており、鳥居は多くの楽曲の作曲も手掛ける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライヴへの参加および楽曲提供、音楽関係の文筆業、選曲家としての活動も行なっている。最新作は、2024年夏に7年ぶりにリリースしたアルバム『EXTRA』。また2021年から2024年にかけて、本誌の連載『全米ヒットの低音事情』の執筆を担当していた。
X Instagram
ベース・マガジンのInstagramアカウントができました。フォロー、いいね、よろしくお願いします!→Instagram